【幕間11】丑の刻参り
その日はとても風が強かったことを記憶している。
十二月も初旬の深夜であった。家族が眠りに就いたのを見計らい、わたしはこっそり家を出た。コートのフードを目深に被り、箱に収めた神体の偽物と、新たな神体、そして妹のための依り代を懐に抱いていた。
どこかの家の塗炭の屋根が風に煽られ、ガタガタとかしましい音を立てていた。風は氷のように冷たかった。笛の音のような風音は、神送りの儀式で青ヶ浜に立ったあのときを思い出させた。
当然、こんな時刻に外に出る者などわたし以外に誰もいない。等間隔で竝ぶ街灯が、緩やかに高低した中通りの起伏を闇夜の中に浮き上がらせている。この街灯は今、わたしのためにのみ照らされているのだ――。
中通りを神社へ向けて黙々と上ってゆく。
妹が呼んでいる。風音以外なにも聞こえなかったし、何が見えるというわけでもなかったが、まるで全身に微量の電流が通るようにそれは感じられていた。ちょうど、神送りの儀式のときとよく似ている。
けれども神送りの儀式と違っていたのは、わたしが足を進めるたびに妹の気這いも近づいてきているところであった。妹の気這いは、真っ暗な夜空の中に浮かび上がる円錐形として感じられていた。
夜闇の恐ろしさと妹の気這いを噛みしめながら中通りを進んでゆく。
鞘川の流れに従い中通りを逸れ、平坂神社へ続く小路へと這入る。山と川とに隣接したその小道は、暗くて湿っぽかった。普段のわたしならば、一人では到底歩けなかっただろう。けれども、そのときのわたしは何も気にしなかった。しばらく小道を歩いて、今度はさらに湿っぽくて暗い、平坂神社へと続く道へ進んでゆく。
大原家は既に寝静まっているようだ。
鳥居を潜り、長い石段を昇っていった。
鎮守の
境内へ這入ると、妹の気這いに満ち溢れていた。拝殿へ近づき、閂をずらす。やはりと言うべきか、鍵はかけられていなかった。
靴を脱ぎ、昇殿する。
冷たい床を踏みしめ、本殿へと近づく。
鎮守の森のざわめきは、少し遠く感じられた。昇殿したのは一年神主に選ばれて以来だったが、その奥の聖域へ近づくのは初めてだ。
階段を昇り、本殿の扉の前に立つ。
やはり鍵は掛けられていない。中には何者かがいる。
一息吐き、わたしは本殿の扉を開けた。
少しずつ、本殿の中が明らかになってゆく。
そしてわたしは身動きができなくなった。
本殿の中に立っていたものは、事故死した当日の姿のままの妹であった。両手には、古代の銅鏡のようなものを抱えている。
――お姉ちゃん。
そう言って、妹はわたしに微笑みかけた。
わたしは足が萎えるのを感じた。両手で妹の肩を抱く。――きちんと身体があるし、体温もある。気這いだけではなく、実態を持ってここに存在している。事故死して以来、わたしは初めて妹の声を聴いた。永訣の別れだと思っていたものが、そうではなくなったのだ。
――お姉ちゃん。
妹は再びわたしに声を掛け、そっと頬を撫でた。
わたしは顔を上げる。自然と我慢していた涙が頬を這った。妹はそっとわたしの涙を拭い、そして手にしていた銅鏡を差し出す。
その表面には、渦巻きをいくつも連ねたような模様が彫られていた。
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