第十二章 冬至
1 神社庁
■■県神社庁にある和室で冬樹は美邦を待っていた。
和室の広さは十畳程度。普段は神職の研修などに使われているという。今は室内の中央にテーブルが一つ置かれていた。
その上に、大きさの違う二つの桐箱が載せられている。片方は高さ二十センチ程度の縦型、もう片方は横三十センチ程度の横長だ。
冬樹の目の前には、テーブルを挟んで谷川が坐っていた。
美邦は今、神送りの儀式で着るための巫女装束を試着させられている。
冬樹はといえば、新しく用意された学生服を着ていた。
襖が開き、巫女装束姿の美邦と、着付けを担当した女性が這入ってくる。
紅白の衣装に身を包んだその姿は、美邦が聖別された存在であることを強く印象付けさせた。焦点の合わない
「似合ってるじゃないですか、美邦ちゃん。」
谷川から話しかけられ、美邦は恥ずかしそうに視線を逸らした。
女性職員に勧められ、美邦は冬樹の隣の座布団に正座する。冬樹は自分だけ足を崩しているのが恥ずかしくなった。しかし火傷がまだ完治していないため、正座を組むことができないのだ。
谷川は手に白い手袋を嵌め、桐箱に結ばれた紫色のひもを解き始める。
縦型の箱を開けると、鼠色に輝く筒状の物体が中から現れた。続いて横長の箱が開けられる。そちらからは、矛のような形をした飾りが現れた。それが神祭りで使用される鉄鐸と御鉾であると冬樹は一目で気づく。
両者の表面には、平坂町から出土した銅鐸と同じ模様が描かれていた。
「昭さんが美邦ちゃんを連れて平坂町の外へ避難されたあと――随分と経ってから、我々は神送りの儀式を行う必要に気づかされました。」
谷川は静かな声で説明を始める。
「けれどもそのとき、既に平坂神社は町民の記憶から消えていたのです。平坂神社の鉄鐸は、社務所の金庫に保管されていたそうですが――とりあえず、それは放っておくこととしました。我々は、神様に気づかれないことを優先したのです。これは、以前に撮られた写真から新たに作った鉄鐸と、諏訪大社の物を参考にして作った御鉾です。」
冬樹はまじまじと鉄鐸を見つめた。以前、菅野の家で目にした鉄鐸の写真は、錆びていたせいか表面が真っ黒であった。
「表面に、平坂町で出土した銅鐸と同じ模様が彫られていますね。このような模様があるとは、全くの初耳だったのですけれども。」
「ええ――大原糺さんは、神事以外で、鉄鐸を人目に触れさせることはありませんでしたからね。復元の資料となった写真は、昭和三十年ごろに神社庁が特別な許可を得て撮ったものです。表面にこの模様が彫られていることは、撮影者のメモに記されていました。」
「それがなぜ、公にされなかったのでしょう?」
その場にいた職員のうち、何人かが冬樹から視線を逸らした。
谷川は慎重に、言葉を選ぶように言う。
「藤村君もご存知でしょう? 銅鐸は、古代のある時期を境に唐突に作られなくなったのです。その多くは、捨てられたのか封印されたのか、地中深くに埋められていました。それは、祭祀に改革が起こり、銅鐸を捨てざるを得なかったとは考えられませんか?」
冬樹はうなづいた。谷川はさらに続ける。
「大原糺さんが鉄鐸を人目に触れさせなかったのは、それが戒められていたからです。銅鐸が姿を変えて継承されたものが鉄鐸であることは言うまでもありません。人目に触れるのを戒められていたのは、国譲りのときに棄却されたはずのものを秘密裏に使っていたからです。」
職員たちは警戒の視線を谷川へ向ける。
冬樹はさらに踏み込んだことを訊ねる。
「国譲りの神話は、やはり歴史的事実だったのですか?」
「隠すまでもないことですよ――民俗学的にも考古学的にも、ここまで符合しているのに。もちろん、記紀に記されているとおりのことが起こったわけではありませんがね。史実は、神話の裏に隠されてきました。そういったものが、
へえ――と、冷めた視線を冬樹は向ける。
「それを僕達に言ってしまって大丈夫なんでしょうかね?」
「黙っていたところで、何もなりません。ましてや、一年神主に選ばれたところの――貴方達には。」
ふと、美邦は顔を上げた。
「いつだったか、藤村君と県立博物館で、銅鐸を見たことがあります。あのとき私は、随分と大昔に銅鐸を使っていたような気がしました。」
その場にいた者の全員が、美邦に注目した。
「恐らく、あのときに感じたことは事実ではないかと思います。平坂町へ来てからというものの、よくこんなふうにして、自分が何かを知っているような感覚を抱くことがあります。だから、これから何が起きるのか、何をすればいいのかも、何となく分かるような気がする。」
十畳の広い和室に、重たい沈黙が訪れた。
実を言えば、冬樹もまた同じような感覚を抱くことがあった。
冬樹は今まで、民俗学や考古学の知識を集めてきた。それは、美邦が帰って来る日のための準備だったような気がしてならない。もちろん、自発的な行為ではあったが、それでも冬樹は頭屋として選ばれたのだ。
谷川は何かを思いつめたような顔をしたあと、二人に問うた。
「君たちは、本当にそれでいいんですか?」
私は構いません――と美邦は答える。
「藤村君は?」
「大原さんと同じだよ。既に覚悟はついている。」
そんなことは今さらであった。もはや後戻りは出来まい。
いずれにせよ、冬至が近づいているのだ。
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