6 儀式の協力者
病院の窓からは街の風景がよく見えた。日は確実に短くなりつつある。それが冬至へのカウントダウンを伝えていた。
実を言えば、冬樹の火傷は一週間も入院していれば問題もない程度のものである。しかし、平坂町へ帰るのは危険だと谷川から言われた。ゆえに、冬至の日まで入院していられるよう取り計らってもらった。
家族には、火傷が酷く、腎機能も低下しているがゆえの入院であると説明されたそうだ。実際、内臓がいくつも失われているために、体調は悪いままであった。神送りの儀式を行うのならば、ここで治療を受け続け、体力を付けておいた方がいい。
谷川と再び顔を合わせたのは、冬樹が目覚めて四日たった昼のことだ。
冬樹はベッドに横たわり、折口信夫全集の第十二巻を読んでいた。
廊下から足音が聞こえたかと思うと、二名の男が病室へ這入って来た。一人は谷川で、もう一人は見慣れない初老の男である。
「やあ、藤村君、体調はどうですか?」
「特に変わりはありませんよ。」
言って、谷川の横に立つ男性へと目を遣る。
「――そちらは?」
「ああ、■■県神社庁の、弓浜さんです。」
弓浜です――と言い、彼は一礼する。
「神送りの頭屋となられる方ということで、ご挨拶に参りました。神送りには我々も微力ながら協力させて頂きます。よろしくお願いいたします。」
「ええ――こちらこそ。」
「平坂神社の神祭りには、雅楽の演奏などで我々も十年前まで協力させていただいておりました。しかし町民の方々が神社の存在を忘れられている中で、以前のように正式な儀式も行えないと思います。藤村君も、頭屋として選ばれて日が浅いと思いますし――とりあえず雅楽の演奏や神楽舞は行わず、神様を常世の国へ返すことへ重点を絞った儀式となります。」
「神楽舞は、やはりなくともいいのですか?」
「十年前までの神祭りで行われていたのは、浦安の舞でしたからね。先帝陛下の御製を元にしたものなので、古代の神祭りにはありませんでした。しかし儀式で使用する鉄鐸や装束などは、こちらで用意させていただきます。勿論、藤村君のものも。」
装束という言葉を耳にし、冬樹は軽く違和感のようなものを抱く。
「装束と言うと、あの、神職が着るような――」
「ええ。頭屋の方は、例年それを着られていましたよ。」
冬樹は考え込んだ。自分があの浅葱色の袴を履いているところを想像すると、違和感が拭えなかった。ましてや、紅白の装束を身に纏った美邦とその恰好で竝ぶのは――何やら
「いつもの学生服では駄目でしょうか?」
当然、弓浜は怪訝な表情をした。
「――なぜです?」
「何だか――僕がその恰好をするのは、不遜な気がするんです。いつもの学生服のほうが、神様を送るための正装というような感じがします。」
ううむ――と唸り、弓浜は考え込んだ。
「神様に対する正装というものは、
「藤村君、不遜というのは、ひょっとして美邦ちゃんに対してですか?」
冬樹ははっと息を呑んだ。何に対して不遜だと感じたのか、自分でもよく分かっていなかったからだ。しかし、考えてみればそうかもしれない。
「なぜ――?」
「美邦ちゃんは特別な存在だからですよ。藤村君にとってのヲナリ神であるのと同時に、この町の守り神でもある。――平坂神社がいつ創建されたのかは記録には残っていませんが、相当古い時代であることだけは事実です。そして平坂神社が記録に現れる頃から、大原という家の名前も出てくる。恐らく、大原家が
大祝とは神職の古い階級であり、諏訪大社では現在でも宮司の称号である。歴史的仮名遣いでは「おほはふり」と書く。また、「
「そういえば、神送りは平坂町の新嘗祭なのかと考えたことがあります。」
谷川は大きくうなづく。
「そのとおりです。もっと言えば、神迎えと神送りを包括した神祭りこそが平坂町の新嘗祭なのです。天皇とは神から授かった国土――すなわち
谷川の発言は、それこそ不遜以外の何物でもなかった。日本に天皇が一人以上いるなど、戦前ならば間違いなく不敬罪であろう。実際、弓浜などは訝しがるような視線を谷川に向けている。
「弓浜さん――藤村君が装束を着るか、それとも学生服を着るかは、美邦ちゃんの判断に任せてはいかがでしょうか? 彼女ならば、その辺は直感的に判るでしょう。」
弓浜は難しい表情をしていたが、しばらくして渋い声で言う。
「――ううん。まあ、それもいいでしょう。」
その言葉に、冬樹は内心ほっとする。
さて――と谷川は一息吐き、急に真剣な表情となった。
「ところで――ここからが本題だったりするのですが、我々は、一つ重要なことを報告しなければなりません。」
「何でしょうか?」
「美邦ちゃんの夢に出てきた姉妹が誰であるか、確定しました。平坂駅付近の踏切で妹を亡くされた当屋の方は、田代直美さんを除けば一人しかいませんでした。平坂神社に厄介なことをしたのはその人物のようです。」
「そうなのですか――?」
「聞きたいですか?」
谷川は、まるで意地悪そうな、含むもののあるような表情をする。しかし当然のことながら、 冬樹はうなづくほかになかった。
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