5 町に積もる雪

路面に薄らと雪が積もるようになった。


地形の関係で天候の崩れやすい山陰地方では、積雪もまた早い。日に日に移り行く気候の変化が、きたるべき日の近づくのを感じさせている。


土曜日の午後のこと、美邦は大きな買い物袋を下げながら中通りを歩いていた。重たいビニール袋の持ち手が、かじかんだ手の平に喰い込んだ。


詠子が発狂して以来、食材の買い出しは美邦と千秋が担当していた。


しかし、中学校で火災があってからすぐ、千秋は親戚の家に預けられた。


当然――美邦が渡辺家に居候している以上、何が起こるか分からなかったからだ。谷川が渡したお守りも大して効果がなかった。渡辺家でも火災が起こらないとも限らない。


ゆえに現在、渡辺家に住んでいるのは美邦と啓のみである。


美邦は最近、この町のことが好きになっている自分を発見していた。起伏の多い地形に建つ古い民家や、その軒先に吊るされた紅い布、漁船の連なった港の様子や、それらが雪化粧された姿を美しいと感じるようになっていたのだ。それは冬の本格的な到来が、美邦に一種の懐古感ノスタルジアを覚えさせたからなのかもしれない。


学校はいまだ復旧の目途が立っていない。そうであるがゆえに、クラスメイト達がどのような顔をして生活をしているのかも分からなかった。


家へ帰り、夕食の準備をする。


詠子が入院して以降、台所はほとんど美邦が担っていた。料理に関して、啓は全く無能なのだ。最初は何度か挑戦していたものの、悲惨な結果しか生まなかった。


外がすっかり暗くなったころ、啓が帰ってきた。


ただいま――と言った啓に対し、美邦は、おかえりなさい――と返事をする。そして脱ぎかけたコートを受け取り、ハンガーへと掛ける。


それは、昭が生きていたころと同じことをしたにすぎない。しかし、啓は申し訳なさそうな顔をする。


「すまないな――美邦ちゃん。」


その言葉を耳にし、美邦は、やはり昭とは兄弟なのだなと思った。


当然ながら、啓とは平坂神社について一言も交わしていない。それは寄神の目を欺くためであり、災厄から身を守るためのでもある。もちろん、ひょっとしたらもう気づかれているのかもしれなかったが。


啓が出かけていたのは、詠子の見舞に行くためであった。


「叔母さんは今、どんな感じですか?」


ふと気にかかって、そう問いかけた。


よくはなってきとるみたいだよ――と啓は答える。


「自分がどこにいるのか、ようやく理解できるようになってきた。ただし、情緒はまだ安定してないけれども。急に不安になったり、感情が昂ったりすることはあるやぁだが――。それも、地道に治療してゆけばそのうち効果が出てくるでないかとは思う。」


「そう――ですか。」


美邦はやはり、少し申し訳ないような気持となる。


それでも――これ以上、平坂町で不幸な人間が出ないであろうことが、美邦には何となく分かっていた。だから、詠子のことに関してはこれ以上気に病むこともないのかもしれない。


どうせ冬至になれば――全てが解決するのだから。

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