15 指導
その何分かあと、冬樹と美邦は第二図書室に呼ばれた。
そこには鳩村と笹倉がおり、二人は「指導」をうけた。「指導」は思ったよりも長く続き、結果的に五時間目の授業を潰すこととなった。
しかし、それは聞いていて頭がおかしくなりそうな時間であった。笹倉が一方的に「被害」をまくし立て、それに鳩村が追従していたのである。冬樹らの言い分は、当然のように聴かれなかった。
――おい、大原。
――お前は一体、実相寺から何吹き込まれただいや。
――笹倉とは関わるなとか、近寄るなとか言われたでないだか!
――なあ、言われとっただろ? あいつに関わるなとか、話すなとか差別的なこと真に受けとったけえ、お前は笹倉に対して見下したやぁな態度取れるでないだか? 笹倉だけをのけ者にして話して、話しかけてきたら
――傷ついたかどうかは、傷ついた本人がどう思ったかだ。このあいだの「人権学習」でも習っただろ? 足を踏まれた者の痛みは、踏まれた本人しか分からんと。
鳩村の言うことは一貫してこうであった。
――おい、藤村。そんなに先生の言うことが不満なのか?
――そんなに不満なら、親呼んで話し合ってもええだで?
最終的に、鳩村は恫喝するようにそう言った。
これは少しまずいと思った。今は早苗でさえおかしくなっている。ましてや美邦は居候で、しかも家族とはあまり上手くいっていないという。ただでさえ迷惑をかけづらい状況であろう。
――お前らに必要なことはなぁ、ちゃんと他人のいいところを見るところだわな。笹倉はな、掃除だって誰より真面目にやるし、先生達のこと率先して手伝ってくれとるだで? そういうところ、お前らは見とるか?
いえ――と冬樹は答える。
――なあ、見とらんだら? お前らがそういったところをちゃんと見て知っていきゃ、笹倉の反応も、笹倉のクラスでの立ち位置も変わったもんになってくるわいや。何より、お前ら自身が変わってくると思わんか?
冬樹も美邦も、はい――と異口同音に答えた。別に、鳩村の言うことに同意したわけではない。もはや何を言っても通じなさそうだったからだ。
――そうだよなあ。じゃあ、そのためにはどうしたらいいか、藤村から言ってみろ。
冬樹は少し踌躇ってから、ちゃんと他人のいいところを見るようになることです――と答えた。それが終わると鳩村は、今度は美邦に、笹倉のいいところはどこだと問う。
美邦もまた、鳩村の言うことを鸚鵡返しにしていた。
それから鳩村は、さらに二人に自分達の悪かった点や、犯した誤りなどを反芻させる。征服欲が満たされたためか、鳩村は満足そうな顔を見せた。
――それが分かったなら、最後に笹倉に言うことがないだか?
冬樹はもはや何の反論もする気になれなかった。
鳩村とは違い、笹倉は不満そうな表情を崩していない。開かれた目の中には、黒真珠のような瞳が底なしの闇を拡げている。
二人は笹倉の前で身体を曲げ、ごめんなさい――と言った。
何が起きているのかさっぱり解らなかった。なぜ自分が笹倉に頭を下げているのかも分からないし、なぜ美邦までもが一緒になって頭を下げさせられているのかが分からない。そもそも鳩村は、美邦の机に落書きがされた件については、全く取り合おうともしなかったではないか。
そんな冬樹の気持ちに気づいたわけでもなく、鳩村は言う。
――それができるやぁになったってことは、それだけ成長できたってことだで!
教室へ戻ると、そこは当然、冬樹にとっても居心地の悪いものとなっていた。誰も口を利こうとしなかったばかりか、クラスの全員が、冬樹に対して非難するような視線を送っていた。
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