11 守られている二人
朝学活が終わった。
教室には張り詰めたような空気が漂っている。
築島が亡くなった直後だから――だけではない。笹倉がまた不用意なことを言い出さないか警戒しているのだ。今、本人は窓辺の席で鼻歌を歌っている。それ以外に変わったところはない。
休み時間、美邦は保健室から消毒用エタノールを借りてきた。落書きを消した後は、エタノールを返すついでに冬樹とともに職員室を訪れる。落書きの件を鳩村に報告するためであった。
しかし鳩村は、やる気のなさそうな声を出した。
「クラスで犯人捜しをやるわけにもいきません。」
まともに取り合ってもらえるような雰囲気ではない。
とぼとぼと二人は職員室をあとにした。
職員室から帰る途中、冬樹は、鉄道会社からメールの返信があったこと、築島から借りたDVDに写っていたものが浦安の舞であったこと、夢の中に出てきた「姉」が十三年前の当屋ではないかということを説明した。
職員室から教室までは、長話をする程度の距離はない。なので、階段の横にあるひとけのないスペースに立ち寄った。どうせ教室は居心地が悪いのだし、クラスメイトにもあまり聞かれたくはない話題なのだから。
会話の途中で、ふと冬樹は問うた。
「大原さんのお父さんは確か、腎臓の病気で亡くなったんだっけ?」
ええ――と美邦は答える。
「慢性腎不全だったの。元から腎臓は一つしかなかったのだけれど。」
「腎臓がなくなったのは、いつから?」
美邦は首を傾げる。
「分からないわ。昔、病気で右側の腎臓を切除したとは聞いていたけれど。あと――腎臓だけではなくて、胆嚢と、それから膵臓もなかったの。」
「それはひょっとしたら、病気のせいではなかったのかもしらんね。」
美邦は静かに同意する。冬樹の腎臓が失われたらしいことを聞いたときから、似たようなことを考えていた。
「十年前にも、お父さんの身体にも同じことが起きていたということ?」
可能性は高いな――と冬樹は言う。
「こう言っては何だが、大原さんのお父さんは、平坂町に関することで嘘を吐いたり、重要なことを話さなかったりしてたわけだから。大原さんが、お父さんの病気について知らなかったのなら、なおさら――」
うん――と美邦はうなづく。
そして、顔を俯けた。
「どうして藤村君ばかりがこんな目に遭うのかしら。」
心の中には暗い影が差している。
「私がこの町に来てから、おかしなことばかりが起きているわ。どうせ私に原因があるなら、そういうことは私にだけ起きてくれればいいのに。」
自分が傷つくことは言うまでもなく辛い。けれども、自分のせいで誰かが傷ついたり死んだりすることはもっと辛いことであり、恐ろしいことだ。
冬樹はふっと考え込む。
「確かに――大原さんが祟りを受けないのは何でなんだろうね。むしろ、真っ先に狙われそうなものなのに。平坂神社の神様なら、人を一人殺すくらい造作もないとは思うんだけど。」
冬樹は顎に手を当てる。
「実相寺がおかしくなり始めたのって、いつごろだと思う?」
「えっ――?」
「亡くなる前の実相寺って、少しおかしくなかったか? 何だか――顔色が悪くなっとったけど、そのことに全く無自覚な感じで――。菅野さんの家を訪れたあたりか?」
「えっと――」
蒼白くなった由香の顔を思い出した。
「確か――あれより少し前から変な感じはしていたと思うよ? ちょうど、菅野さんの家に行かないかって藤村君が誘ってくれたあたりから。」
「ふむ――」
冬樹は胸元から生徒手帳を取り出し、カレンダーを開く。
「ちょうど先月の十五日あたりか。亡くなったのが二十七日――二週間も経ってないな。菅野さんは十八日に訪れた時点でおかしくなっていたが、亡くなったのは今月の三日――二週間とちょいだな。築島先生は――」
「あの、それって?」
「いや――今まで亡くなってきた人達って、亡くなる前にちょっと変になっとったがん? 三人とも、顔色が悪くなっとった感じ。それなのに――自分でそのことに全く気づいていなかった。」
「――そうね。」
「そもそも、実相寺が何で亡くなったのか俺には理解できん。真っ先に標的になりさぁなんは大原さんで、その次は俺なのに。」
それはそうであった。平坂神社に関わってきて者や、詳しい情報を知る者はみな死んでいる。そして、もし冬樹がいなければ、美邦は平坂神社についてここまで知ることはできなかった。
「実相寺も、築島先生も、自分に何が起こっているのか分からないまま亡くなったみたいだ。それなのに、自分に何が起きているのか俺だけは分かる。本当に俺を排除したいんだったら、いっそ心臓でも抜き取ってしまえばええのに、命に直截影響のない器官から盗まれてゆく。まるで――あえて遠回しに、じわじわと苦しめとるみたいだ。」
その言葉に、美邦は少し引っかかるものを感じた。
「苦しめている――んじゃないとは思うわ。ただ苦しませたいだけならば、私にだって同じことをしているはずだから。むしろ――簡単にできるはずのことが、上手くできていないというような感じがする。そうでなければ――できない、とか。」
冬樹は首をかしげた。
「どうして――?」
「だって――私も藤村君も、今年の一年神主なのだから。」
冬樹は、少し驚いたような表情で美邦を見つめた。
「そうだったら、いいんだけどな。」
そして浮かないような、けれども少し嬉しそうな表情となる。
「俺は、自分が頭屋になる資格があるのか自信がない。正規の手続きを踏んで選ばれたわけでもないし。けれども、一年神主になる者は、寄神からの祟りを避けやすいとか、そういうことがあるんだろうか?」
「そこは、私にもよくは分からないのよ。けれども、神送りは行われなければならないもの。そのために――私も、藤村君も、何かから守られているような気がする。はっきりと説明することはできないのだけれども――」
「そっか。」
冬樹は、どこか納得したような表情となった。
「大原さんがそう言うのなら――そうなのかもしれないな。」
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