12 寺田直美の行方

十一月二十二日土曜日、冬樹は再び図書館を訪れた。


十三年前の十一月二十日から二十三日までの新聞を調べる。メールに日付が記載されていただけあって、目的の記事はすぐに見つかった。二十一日の三面に、次の記事が載っていたのだ。



 20日11時頃、■■県■■市平坂の■■線で、踏切の中に侵入していた女児が、普通列車(1輌)と衝突した。■■署によると、女児は全身を強く打って死亡したという。乗客3人に怪我はなかった。



そして二十三日の死亡欄には、次の一文が記されていた。



 20日 寺田智香さん(12)平坂町平坂■■■



間違いはなかった。


女児の苗字は、十三年前の当屋と同じものだ。十数年前に一年神主の家族が生贄に取られたというのは、寺田直美のことなのだ。


もちろん、なぜ築島が詳細を言わなかったのは分からない。単純に知らなかったからなのか――それとも、言い辛かったからなのだろうか。


それからすぐに家へと帰った。


電話帳を開き、寺田直美の家の電話番号を調べる。


しかし当然と言うべきか、寺田という苗字で、新聞記事に載っていた住所と一致する家はなかった。仕方がないので、その近所の家々の電話番号を調べ出し、寺田直美の消息について訊ねて廻る。


一ヶ月ほど前であれば、市役所に電話をかけるのでさえも相当な勇気が必要だった。しかし、今は多少の慣れが出ている。


電話番号を調べたり、あるいは電話をかけても家人がいなかったりして、調査には二日近くかかった。冬樹が最後の電話をかけ終えたのは、その翌日――十一月二十三日日曜日――の昼下がりのことである。


「はい――ありがとうございました。ええ、本当にお忙しい中、失礼いたしました。」


冬樹は何度も丁重に頭を下げると、受話器を置いた。


胸の中には、一つの希望が芽生えかけていた。


結果として分かったことは――寺田は高校を卒業したあと、県外へ出たきり戻っていないということであった。寺田が県外へ出たのは、大学へ進学するためであったという。しかしそのあいだ、寺田家は智香の死を巡って内紛が起こり、離散してしまったのだ。


電話をかけた者のなかには、寺田の父方の家を知っている者がいた。そちらにも電話をかけたところ、老年と思しき男性――寺田直美の祖父であるという――が出た。彼は、寺田直美の両親は十年前に離縁しており、本人は母方に引き取られて以来、行方が判らなくなっていると言った。


それ以上のことは、何をどうひっくり返しても分からなかった。


走り書きしたメモ帳を引き裂き、冬樹は部屋へと戻ろうとする。昨日から長電話をし続けているものだから、早苗からも良子からも迷惑がられている。得られた情報は少なかったが、それでも冬樹は満足した。


――さて、これからどうするべきだろうか。


そう考え始めたとき電話機が鳴った。仕方がないので踵を返し、再び受話器を持ちあげる。


「――はい、藤村です。」


しばらくしてから、機械音のようなものが聞こえてきた。


「藤村冬樹君デスカ?」


恐ろしく低い、そして細い声であった。電話はいつもどおり、多くの雑音が混ざっている。不気味に思いつつも冬樹は答える。


「ええ、そうですが――?」


「ヲナリガミヲ知ッテイマスカ?」


声の持ち主は、自分が誰であるかを名乗らず、唐突にそう言った。


「えっ――?」


「ヲナリガミデス。琉球ノ。」


当然、冬樹は困惑する。「オナリガミ」という言葉の意味もすぐには分からなかった。しばらくしてから、「ヲナリ神」のことだと気づく。


「――貴方、誰です?」


電話の向こうの人物は、しばし沈黙した。


「今ハ詳シク話セマセン。大原美邦サンノ持チ物ヲ身ニツケテクダサイ。寄神カラ貴方ヲ守ッテクレマス。」


そこまで言うと、電話は一方的に切れた。


呆気に取られたまま受話器を見据える。男の声が耳の奥に残っていた。


「冬君、どっから電話だえ?」


心配してか、居間から良子が声をかけてきた。


「いや――ただの悪戯電話。」


冬樹はそっと受話器を置くと、居間へと這入りパソコンの前に坐る。そしてネットでヲナリ神の内容を確認してから、自分の部屋へと戻った。本棚にある伊波いは普猷ふゆうの『をなり神の島』を取り出し、再読を始める。


その晩は、美邦からもらったノートのコピーを抱いて寝た。ひょっとしたら、寄神から身を守れるのではないかと思ったからだ。


しかし、翌日の朝にはもう一つの睾丸がなくなった。

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