8 取り調べ

朝食は摂らなかった。そもそも詠子が用意してくれなかったのだ。摂ろうと思えば食パンでも勝手に食べればよかったのかもしれないが、その気力さえ美邦には起こらなかった。


朝――築島の遺体を発見したあと、美邦は慌てて一階へと向かった。そして詠子に遺体のことを告げ、警察に連絡してもらったのだ。


警察官はすぐにやって来た。現場を封鎖して、遺体の写真を撮るために美邦の部屋にも上がってきた。美邦は何も考えることができず、居間のソファに坐り込んでいた。ただ、家の中へ這入り込んできた警察官や、外から聞こえる野次馬達のざわめきに恐怖を感じた。


それから二人の刑事が現れて、応接間で事情聴取が行われた。


一人は四角い顔をした胡麻塩頭で、もう一人はそれより二十歳ほど若い。最初に事情を聴かれたのは、遺体を発見した美邦であった。


応接間で刑事と三人きりになる。


「話しづらいことかもしれませんが――」と胡麻塩頭の刑事は言った。「貴女が、遺体を発見したときのことを、教えていただけますか?」


とても話したい気分ではなかった。


けれども、話さなければいけないのだろう――そう思い、美邦は起きてからのことをぽつりぽつりと口にする。遺体の顔が、どうやら築島のようであったことも。その途中でふと、最初に聞いた悲鳴が誰のものであったのか気に掛かった。


「遺体を発見したのは、私が最初じゃなかったんでしょうか――?」


それは分かりません――と胡麻塩頭の刑事は言った。


「少なくとも最初に通報があったのは、貴女の叔母さんからだったからです。なので貴女より先に遺体を発見したという人がいるのなら、探して事情を聴かなければなりません。今は新聞配達の人や、近所の人などに聴き込みを行っているところです。」


「そう――ですか。」


それから二人の刑事は、昨晩はいつごろに寝たのか、深夜に何か物音を聞かなかったかなどと問うてきた。美邦はそれらに正直に答える。


「学校の先生がこのような形で亡くなられてショックだとは思いますが――」


胡麻塩頭の刑事は、妙に肌触りの悪い口調で問う。


「遺体のかたは、貴女の部屋の前で首を吊られていたわけですよ。それなら例えば――不審な音を聞かれたとか、普通ならばそれくらいあるとは思うのですけどね。」


「いえ――分かりません。」


美邦はそう答えるのが精いっぱいだった。


「ずっと、眠っていましたので。」


頼むから、早く終わって欲しいという気持ちでいっぱいだった。


ただでさえ、初対面の男性と会話をするのは苦手なのだ――ましてやそれが警察ともなれば。胡麻塩頭は、そんな美邦の対応にやや苛立ちを感じているようだ。


「築島先生は、大原さんの学年主任でしたっけ?」


もう一人のほうの刑事が問う。


「築島先生、最近は何か変わったことはありませんでしたか? 学年主任の先生ならば分かるでしょう?」


美邦は一昨日のやり取りを思い出した。そして、蒼白くなった築島の顔色も――。しかしながら、結局のところそれは答えないこととした。どうせこの「事件」の犯人など、捕まえようがないのだから。


「いえ――特には。」


美邦の回答に、胡麻塩頭はやや不満そうな表情をする。


そうですか――とだけ、その若い刑事は言う。


ふと美邦は、どうしても訊きたいことが頭に浮かんだ。刑事とはあまり長居はしたくなかったが、それでもその質問は自然と口から出た。


「築島先生は――自殺だったんでしょうか?」


胡麻塩頭は難しそうな表情をしたあと、今の段階では何も判りませんなと言った。


美邦に対する取り調べはそこで終わった。


応接間から出され、自分の部屋へと戻ってゆく。


部屋は、朝に起きたときのまま何も変わっていない。敷かれたままの布団、そして開け放たれたカーテン。窓の外にぶら下がっていたはずの築島の遺体は、既に片付けられていた。


警察からは家にいるよう言われていたので、その日は誰もが家の外に出なかった。出たら出たで、近所の人々の視線に曝されそうで怖い。


美邦が初めて食事を摂ったのは、十三時を廻った頃のことだ。詠子に呼ばれて居間へ降りると、大きな油揚げの載った狐うどんが出されていた。食慾がなくとも食べられるようにという、詠子なりの配慮であった。

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