4 十三年前の鉄道事故

放課後となった。


学校から帰って来ると、冬樹はすぐさまパソコンへ向かった。鉄道会社からメールが来ていないか確かめるためだ。パソコンのデスクトップには、あの奇妙な画像が今でも表示されている。


インターネットを開いた。受信箱には、着信を示す花の模様が咲いている。期待に胸を躍らせて開いてみると、送信元は鉄道会社であった。


メールには、平坂駅付近の踏切で起きた人身事故の一覧が記されていた。


まずは、今年の十月二十六日に一件の死亡事故――当然この犠牲者は由香である。続いて、七年前の七月二日に親子二人の死亡事故が一件、そして十三年前の十一月には女児の死亡事故が一件。これで全てであった。ただし、具体的に誰が亡くなったのかは答えられないという。


メールの最後には、「この情報をどのように使われるのか、差し支えなければ一言いただけませんでしょうか?」と書かれていた。冬樹は礼の言葉を述べてから、「先日、クラスメイトが亡くなったため、心配になって調べているだけです」と書いて返信する。


――さて。


送られてきた事故の一覧を見つめ、考え込む。


美邦が書いたノートの内容を思い出す。踏切へ歩いてゆく夢に出てきていた景色は、少なくとも十年以上前の平坂町のものだ。しかも独りで踏切へと向かっていた。季節は恐らく冬であろう。


これにちょうど合致するのは、十三年前の女児の死亡事故である。


ノートには今まで何度も目を通した。そこには、古代の平坂町と思えるものや、美邦とは別の人物の記憶と思しきものが記されていた。


どうやらその記憶は、平坂町に住む幼い女性のものらしい。彼女には姉がおり、一年神主として神祭りに参加している。姉は、どれだけ年上に見積もっても高校生程度であろうか。あとは、母親と暮らしているらしいという程度しか分からない。


――この人物は、誰なのか?


冬樹はふと、築島の言葉を思い出した。


十数年ほど前にも、一年神主の家族が生贄に取られたことがあったと築島は言っていた。それがどういう事件なのかは分からない。しかし、その生贄に取られた人物が、十三年前に鉄道事故で亡くなった女児だとは考えられないか。


――明日にでも、そのことについて訊いてみるか。


もし詳細を知らなかったとしても、築島ならば調べられるであろう。そうでなくとも、新聞記事を漁れば分かるかもしれない。


――もしそうであれば。


築島の調べてきたメモを思い出す。


――もしそうであれば、夢の中に出てきた「姉」というのは、十三年前に当屋であったところの「寺田直美」という人物になる。築島によれば、寺田直美は現在、行方が判らなくなっているらしいが。


そこまで考えたとき、微かな振動を感じた。


最初は、良子が洗濯機でも回し始めたのかと思った。藤村家の洗濯機は具合が悪いので、脱水を行うときに床が少し揺れる。しかし、そうではないことはすぐに分かった。家全体が揺れているのだ。パソコンの周りの書類やら筆立てやらも微かに振動している。


揺れそのものは大きいものでも何でもなく、すぐに退いていった。


台所にいる良子が、地震かえと声をかけてくる。


「おう、揺れたでな。――珍しいこともあるな。」


実際、山陰地方で地震は珍しい。平坂町では、不審死や失踪事件のほうがよほど多かった。


大手検索サイトのホームページに戻ると、地震速報が出ていた。最大震度三、マグニチュード三、震源地は日本海の沖合であり、この地震による津波の心配はありません――と記されていた。


それから冬樹は、築島から借りたDVDをパソコンに入れる。


再生すると、二十分間ほどの、中途半端な長さの映像が現れた。


夕暮れ時、伊吹山のふもとに屋台が竝んでいる。映像の主は鳥居をくぐり、石段を昇って境内へと這入った。境内の中央には仮設の舞台があり、周囲には見物客がひしめいている。しばらくして舞台に一年神主が上がった。役員たちによる雅楽の演奏や寿詞よごとに従い、一年神主はふらふらと舞いだす。


寿詞から、それが浦安の舞であるとすぐに悟った。


浦安の舞は、全国的に広く奉奏されている神楽である。昭和十五年、神武天皇即位紀元二千六百年を記念し、昭和天皇の御製を元にして作られた。


つまり平坂神社では、それ以前は、神楽舞はあまり重要視されていなかったか、そもそも存在していなかった可能性が高いということになる。

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