3 冬樹の撮ってきた写真

翌日――冬樹は四日ぶりに登校した。


足先はまだ少し痛かった。


なぜ爪が剥がれたのか、その爪がどこへ行ったのかは分からずじまいだ。


これは伊吹山へ侵入したことと何か関係があるのだろうか。


冬樹の頭の中には、社務所で見た異様なものの姿があった――そして、あの放置されたかのような社殿の姿も。冬樹の爪が剥がれたことも、恐らくは常識で説明できることではないのだろう。


ただし、山へ這入って手掛かりを得られたのも事実だ。だから、冬樹はその写真をプリントして鞄の中へ入れてきた。


教室へ這入った。由香が坐っていた机はもう片付けられている。その隣では、美邦が独りで本を読んでいた。しかし、登校してきた冬樹と目を合わせ、安堵したような顔となる。


冬樹は美邦の席まで近寄った。


美邦は不安そうな声を上げる。


「藤村君――どうしたの、昨日は? 先生は、何も言っていなかったけど――」


「ああ、実は――」


冬樹は周囲を窺い、声を潜める。


「爪が――剥がれたんだ。爪が。」


「爪?」


周囲に聞こえないような声で、先日の朝に起きた出来事を説明する。言うまでもなく、美邦は不安そうな顔をしていた。


「それって――一体、どういうことなの?」


「俺にも、何が何だか分からん。」


そう――と美邦は言う。


そして鞄から『常世論』を取り出し、冬樹に渡した。


「これ――読み終えたよ。ありがとう。」


「おう。」冬樹は本を受け取った。「どうだった?」


「とても――綺麗だなって思った。沖縄の、ニライカナイの話とか。」


そうか――と冬樹は短く返事をする。


「あの――大原さん。実相寺が亡くなってまだ経ってないのに申し訳ないんだけど、ちょっと話したいことがあるだ。その、神社のことについて。」


「また――何か分かったことがあるの?」


「ああ。休み時間にでもいいかな? できれば、古泉も呼んでほしいだけど――」


「うん、いいけど――」


美邦は視線を横に逸らす。


「幸子は、ちょっと――」


「どうしたんだ?」


「いや、幸子は、ちょっと呼べないかもしれないなって思って――」


「古泉と、喧嘩でもしたのか?」


美邦は軽くうなづく。


「それじゃあ――仕方ないね。」


言い終えるとほぼ同時に、始業のチャイムが鳴り響いた。


    *


朝学活が終わり、休み時間へと入る。


美邦と芳賀を前にして、十年前の町内会長が全員死亡していたことと、平坂神社の跡地を訪れたことを冬樹は語った。その途中で、鞄から何葉かの写真を取り出した。石碑を撮った写真を見せ、その中に記された名前を指さす。それは美邦も知っている名前であった。


ただし――社務所で見たものについて、冬樹は何も語らなかった。


「まさか、こんなことしとったなんて――」芳賀はやや険しい表情をする。「藤村君の行動力は凄いけど、呆れたもんだね。普通――山の中に這入ろうなんてせんだろう。」


「悪いな。だけど、この写真を撮れただけでも収穫だ。」


美邦は軽く溜め息を吐く。


「神社のことについて、ここまでして調べてくれたことは嬉しいわ。――けれども、今度からはあまり危ないことはしないでね。神社のことについて関わっていた人って、みんな亡くなられているんでしょう? 藤村君にも、万が一何かあったら――」


その場がほんの少しだけ静かになった。


やがて冬樹は、ああ、分かったよとだけ言う。


「もう――やめたほうがええでないかなあ?」


芳賀は不安そうな眼差しを向ける。


「神社とか不審死とかのことについて調べたところで、何になるだ? 大原さんの言うとおりだで。これって、あんま関わらんほうがええことでないかと思うだけど――。触らぬ神に祟りなしだで。」


異様な拒否感が美邦の中で湧き起こったのはこのときだ。


「それは――駄目――」


美邦は咄嗟にそう口にした。


二人は、驚いて美邦の顔を見つめる。


芳賀の顔には、一瞬だけ強い敵意が浮かんだ。


「駄目――って、どうして?」


「いや――それは――」


「大原さんは神社の家なわけだけん、知りたいって気持ちは分かるが? けれど、藤村君も危険なことに巻き込むかもしれんだで?」


美邦は視線を落とし、口篭る。


普段ならば、こんなにも強く自己主張などできる性格ではない。これには美邦自身でさえ驚いている。けれども――このまま平坂神社に対する調査をやめてしまえば、何か大変なことが起こるような気がしてならない。


――大変なこと?


大変なこととは――何なのだ。


「まあ、芳賀――俺も知りたいことだけん。」


冬樹がとりなすと、芳賀は不満そうな顔をした。


「うん、まあ、藤村君がそう言うんなら――別に止めはしないけど。」


そうは言ったものの、芳賀は美邦と目を合わせようとしなかった。


「それで、これからどうするん? 職員室にでも訊きに行くつもり?」


芳賀の質問に冬樹は、そのつもりだが――と答えた。


「そう。――だったら行って来たらええよ、二人で。」


芳賀は、面白くなさそうな表情で自分の席へと引き返していった。


なぜかは分からなかったが、酷く機嫌を損ねたらしい。その態度に、美邦はもちろんのこと、冬樹もまた呆然としている。


「一体、どうしちゃったんだろうね?」


分からん――とだけ冬樹は答えた。

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