8 新たな死者

漆黒の闇の中、遠くでぱっと白い火の手が上がった。焔は朱色に、そして真紅まっかに変化しながら、闇の中でゆらめいている。その明かりによって、燃えている物のシルエットが浮かび上がった。どうやら一軒家のようだ。


美邦は遠くからそれを眺めている。


焔以外、墨で塗り潰されたかのような闇であった。


美邦は身動きができなかった。


あの中にいる人達は、もう逃げたのだろうか。いや――まだ残っているのではないだろうか。


どこか遠くからサイレン音が聞こえる。消防車がやって来ているようだ。


糸のような小さな影が紅い焔の中で動いているのを美邦は目にした。


それはぐにゃぐにゃと揺れる棒人間のようであり、線蟲のようであった。


    *


美邦が菅野の死を知ったのは、十一月二日日曜日の朝であった。


その日の朝、美邦は八時ごろに起床した。


酷く気掛かりな夢を見ていた。遠くから火事を眺めるような夢だ。最近はこんなふうに妙な夢を見ることが多い。その事実が美邦の心を憂鬱にさせる。ひょっとしたら、あれは自分の過去ではないかと思ったからだ。


居間には家族が一時間ほど遅めの朝餉の席に着いていた。お早うございます――と声をかけると、啓も千秋も、おはようと返事をした。しかし、詠子だけが黙ったままフライパンでハムエッグを作っている。


洗面所で顔を洗い、歯を磨いてから食卓に着いた。


点けっぱなしにされたテレビからはニュース番組が流れている。米国大統領の動向や、最近関東のほうで起きた殺人事件についての報道。そのあとで、今度は平坂町の報道が流れた。


「今朝未明、■■市平坂町の民家で火災があり、住民とみられる男性が死亡しました。」


美邦は画面から目が離せなくなった。アナウンサーの淡々とした口調と、その口元が気に掛かった。画面は火災があった民家へと変わる。


「火災があったのは、■■市平坂町大字上里園の民家です。午前三時ごろ、近所の住民から民家が燃えているという通報があり、地元の消防団が駆けつけました。焼け跡からは、住民の菅野文太さんとみられる男性が発見され、間もなく死亡が確認されました。■■県内では住宅火災が相次いでおり、■■市消防本部では――」


「あら――厭だわ――」


淡々とアナウンサーの声が流れる中、詠子の嘆く音だけが聞こえた。

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