6 お見舞い

翌日土曜日――美邦は鞘川の近くで岩井と合流した。


中通りを北へと進み、共に幸子の家へ向かう。


海から吹く冷たい風が、家々の軒先に垂らされた紅い布を揺らめかせる。


中通りを西に逸れ、迷路のような小路を下っていったその先に幸子の家はあった。家の前に立ち、岩井は呼び鈴を押す。しばらくして母親らしき人物が出てきた。


古泉さんのお宅ですよね――と岩井は言う。


「私、クラス委員長の岩井と申します。こちらは、幸子さんと親しくしている大原さんです。幸子さん、ここ数日ほど欠席していらっしゃるので、今日はお見舞いに来たのですが――」


「あ――そうなの。ごめんなさいね、心配かけて。」


申し訳なさそうに苦笑すると、彼女は二人を家の中へ招き入れた。


「どうぞ、お這入りください。汚い処ですけれども。」


誘われるがまま家へと上がる。


玄関のすぐ近くには階段があった。そこから二階へと案内される。


「幸子ったら、病気でも何でもないんですよ? ――実相寺さんが亡くなられたのが、相当にショックだっただけらしいんです。いい加減、立ち直ってほしいですね。」


岩井は適当に相槌を打った。


「まあ、私もショックでしたから。」


部屋の前まで来ると、彼女はドアをノックして幸子を呼んだ。


ドアが少し開いて、幸子が顔を覗かせる。美邦らの姿を認識すると、驚いたような、気まずそうな表情を見せた。


「あ、美邦――岩井さんも。」


「あの――ちょっと心配で、様子を見に来たのだけれども――」


美邦がそう言うと、幸子はドアを大きく開けた。


「あ、うん――ごめんね。這入って。」


招き入れられるがまま、二人は部屋の中へと這入る。


部屋の中央にはテーブルがあり、クッションが敷かれている。そこへ坐るよう幸子は促す。二人が腰を下ろすと、幸子は憂鬱そうな表情で問うた。


「学校はどう――? クラスは今、どんな感じ?」


いつもと変わりはないよ――と美邦は答える。


「何だかみんな、何事もなかったふりをしているみたい。由香のことについて、誰も何も言わないの。――笹倉さんだけは妙に陽気になっていて、みんなから退かれているのだけれども。」


「ああ、あの人はねえ――」


うんざりした様子で、幸子は溜息を吐く。


「これだけん私、あんま学校に行きたくなかっただよね。前にも芳賀が言っとったけど、笹倉は少し頭がおかしいけん。きっと大喜びしとるだらあな、って思っとって。それが――見たくなくって。」


「そうだね。」美邦は俯いた。「私も、見たくはなかったよ。」


「けれども、私はもう大丈夫だで?」


そう言い、幸子は微笑んでみせた。


「由香が亡くなったのは――確かにショックだったけど、このまんま学校に行かんかったら、ひきこもりになっちゃうし。それはそれで、もっと厭だなって。だけん火曜からは、ちゃんと学校にも行くで。」


月曜日は文化の日であり、三連休であった。


幸子の言葉に、美邦は安心する。


「よかった――」


「私も、それがいいと思います。」


しかし、笹倉の態度が美邦は気にかかっていた。


性格に問題があるにしても、その攻撃が由香にゆくのはなぜだろう。今は、由香と交友のあった美邦に見せつけるかのように喜んでいる。


「それにしても――どうして笹倉さんって、あんな態度取れるのかな? 由香ばかり攻撃していたのも、気にかかるし。」


幸子も岩井も、難しそうな顔をする。


「私には――ちょっと分かりませんけれども。確か、入学したときからそうでしたよ? 小学校は違うので、それ以前のことは分かりませんが――」


岩井は幸子へと目を遣った。


「私も詳しいことは分からんけど――」


幸子は困ったような顔をする。


「ただな――笹倉さんが由香ばっか敵視するやぁになった時期なら、分かるで。笹倉さんの、妹が失踪したときだけど。」


美邦は少し驚いた。


「失踪していたの? 笹倉さんの妹も?」


「うん。」


平坂町では不審死や失踪が多いとは聞いていた。しかし――ここでも失踪に関する話を聞くことになるとは。


「笹倉さん、妹さんとかなり仲良かっただが。私らの小学校にはクラスが一つしかないだけど、笹倉さんの妹さん、よう教室に遊びに来とったよ?」


幸子は少し間を置き、続けてこう言う。


「それが――小学三年生の頃だったかな? 妹さんが失踪したんは。ある日の放課後、笹倉さんと妹さんが一緒に下校しとるとき、妹さんのほうが、学校に忘れ物したことに気づいただって。それで妹さんは学校まで取りに帰っただけど、笹倉さんのほうは見たいテレビがあったけぇ先に帰っただん。けれども――それっきりなだよな。妹さんは帰って来んかった。大人の人達は必死で町中を探し回っただけど、今も見つかっとらん。」


「そう――だったんだ。」


美邦は視線を逸らす。


――実相寺由香さんには、あまり近づかないでください。あの人は悪い人です。


転校して来た日、笹倉が発した言葉を思い出した。意味は依然として分からない。しかし、ひょっとしたら妹の失踪と何か関係があるのではないか。


「妹さんが失踪したあとは、笹倉さんも可哀想だったで。妹さんが失踪したんはお前のせいだって、親から散々に八つ当たりされたみたい。――それに、クラスの男子の中には、呪いや祟りがあっただろうとか、妹がいなくなって嬉しかっただろうとかって言って冷やかす奴もおってさ――」


「それは、実相寺さんもですか?」


「まさか! とんでもない! ――だけど笹倉さんの性格が妙に捻じくれだしたんは、そんころからだな。由香に対して攻撃的になったんも――。こればかりは、当人に訊いてみんと分からんよね。」


確かに、由香はそのようなことをする人物ではない。笹倉が由香を敵視する理由は謎のままだ。笹倉自身に訊いてみたところで、真っ当に答えてくれるという保証もない。


そして笹倉がどのような受難に遭ったのか、美邦にはおおよその想像がついた。まだ倫理観の熟成していない男子は、人の気にするようなことを無遠慮にあげつらう。いや――それは女子だったとしても、大人だったとしても同じなのかもしれない。


美邦は岩井へと視線を流す。


岩井には悪意があったのだろうか。


岩井が失言した日から随分と経っていた。あれ以外で特に変わった言動もなかったので、美邦はこうして二人で幸子を見舞に来た。それでも、今は美邦の前で平然としているこのクラス委員長も、心の中では何を考えているのか分からない。それを考えると、背筋が寒くなった。

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