2 不審死と失踪

昼休憩となり、冬樹の席の周りに再び集まった。芳賀は紙を読んでいなかったので、その場で読み始める。


その隣で、冬樹は説明を始めた。


「先週、菅野さんから話を聴いて思ったけれども――この町にずっと住んできた人達が、平坂神社を知らんて言うのはやっぱり変だ。平坂神社の神祭りは十一年前まで行われてきたというし、御忌の風習も、宮座も機能しとったらしい。じゃあ十年か十一年前に、平坂町に何か変わったことがあったでないかな――って思っただが。それに平坂神社が倒産したなら、その記事が出とるでないかなとも思ったし。」


だけん図書館に行って新聞記事を調べてきただがと冬樹は言う。


「宮司さんが亡くなられた記事を見つけるのは簡単だった――何しろ年の最初だったし。けれど、平坂神社の倒産に関わる報道はどこにもなかったな。代わりに、平坂町で起きた不審死や事故死を報じる記事が次々と出てきた。数えてみたら一年で六つもある。それから十一年前の新聞記事も調べてみたけど、平坂神社に関わる記事はなかった。平坂町で不審死や事故死が起きたという報道もない。じゃあ九年前はどうなのかと思って調べてみると、変な死に方が九件も報じられとる。八年前の記事は――さすがに疲れて調べられんかったけど。」


三年間の新聞記事なんてよう一人で調べられたねと由香は言った。


「まあ、お陰で随分と疲れたが。日本海新報に夕刊がなくてよかった。」


コピー用紙から顔を上げ、芳賀はおずおずと訊ねる。


「これもやっぱ――例の不審死だとか、神隠しとかなんだろうか?」


「神隠し?」


美邦は思わず反芻する。


誰もがこの町には神社などないと言う。それなのに神隠しなどというものがあるのだろうか。


これについては冬樹が説明した。


「あんま大きな声で言えんのだが――この町では一年に一回あるかないかくらいの割合で、不審死とか行方不明事件とかが起きるだが。不審死っていっても、結局は事故や自殺なんだけど。ただ――人口も少ないこの町で、変わった亡くなり方がそれだけ多いのはやっぱり変なわけで。実際、この町では交通事故はあんま多くないんだ。それなのに、どういうわけか交通事故による死亡事故は多い。」


一同が沈黙する。教室の喧騒が少し大きくなったような気がした。


「実際――俺の父親もそうなんだ。俺が幼稚園のとき、自動車事故で亡くなった。現場は、ほら――平坂町の北側にある崖の上の県道だな。」


ちょうど、美邦が平坂町へ引っ越して来たときに通った道である。


「現場には、急ブレーキをかけた跡が残っとったらしい。それが車線から大きく逸れて、崖のほうに向かっとった。俺の父親は、道路の上におる何かを避けようとしてガードレールを突き破ったらしい。」


ということは――冬樹の父親は、車ごと崖から転落したということか。


「けれども、あそこは歩道もないし、夜どころか昼間でさえも人がおらんやぁな場所なんだ。一体、何を避けようとしたかは分からんままだ。」


この町へ引っ越して来たとき、部屋の窓から見た不気味な闇の姿が脳裏によみがえった。平坂町は複雑な地形をしており、道路が入り組んでいるため交通事故が多いとは聞いていた。しかしそれは本当なのであろうか。


――お前ら、早めに帰っとけよ?


美邦は今さらながら、冬樹のそんな言葉を思い出す。


平坂神社だけではない。この町の住人は、そんな町の実態も隠しているような気がする。昭が美邦を平坂町へ遣りたくなかった理由も、ひょっとしたらそこにあるのかもしれない。


「実は、私の家もそうなだよね。」


由香がふいに発した言葉に、冬樹はきょとんとする。


そして、ああとうなづき、顔を逸らした。


「そういえばそうだったか。すまんな――こんな話題を出して。」


「別に、全然気にしとらんよ。それに最近は、夜中に帰って来るし。」


「――は?」


「いや――こっちの話。」


話を逸らすかのように幸子は訊ねる。


「それで藤村君は、平坂神社についてこれからどう調べていくつもり?」


「とりあえずは、神祭りに関わっとった人を探して事情を聴いてみようかと思っとる。ひょっとしたら自治会の人が関わっとったのかもしらん。あとは、荒神塚を管理しとる人からも何か話を聴けるかも。」


芳賀は心配そうな表情をした。


「あんま、危ないことには巻き込まれんでよ。」


「ああ――分かっとるよ。」


そう答え、冬樹は優し気な眼差しを芳賀へと向けた。

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