4 鳩村からの呼び出し

実相寺由香が失踪したのは、十月二十二日水曜日のことであった。


いつもの丁字路で美邦は幸子と合流する。しかし、そこに由香の姿はなかった。月曜日以来、由香は少し遅れて登校して来ている。


「おはよう、幸子。」


「うん、おはよう。」


「由香は――まだ来ていないのね。」


「うん――さあみたい。」


それからしばらく二人は由香を待った。


しかし、十分以上待っても由香は姿を現さなかった。


とりあえず二人は先に登校することとする。


胸裡むなうちには煮え切らない思いがあった。それは顔色を蒼くしていた由香の姿が、体調を崩し始めた頃の昭を連想させたからかもしれない。


始業時間となっても、由香は登校してこなかった。


朝学活が始まり、鳩村は出席を取りだす。


そして鳩村は、ふと怪訝な表情となった。


「実相寺さんは、来ていないんですか?」


教室の中が少しざわつく。後ろの席で幸子が手を上げた。


「朝から来ていません。――何か、連絡はなかったんですか?」


「いえ、何もありませんでしたが――」


何か知っている者はないか――と鳩村は問うたが、誰も何も答えなかった。幸子でさえ何も知らないのだから当然のことだ。しかし、今まで学校を休んだことのなかった由香が、何の連絡もなしに欠席しているのだ。教室中が不穏な空気に包まれていた。


悶々とした気持ちを抱えつつ、一日の授業が始まる。


窓の外は――また、いつかのような曇り空であった。


鳩村が教室へ戻って来たのは、一時間目の授業が終わったときのことだ。


「大原さんと、古泉さんはいますか?」


角ばった眉を吊り上げ、何やら厳めしい表情をしていた。


呼ばれるがまま、美邦と幸子は教室から出る。背後では、クラスメイト達が何かをささやき合う声が聞こえた。


鳩村は二人を人気のない処まで連れてゆくと、難しそうな声でこう言う。


「ついさっき、家の人から連絡がありました。――今朝から、実相寺さんの姿が見えないのだそうです。何か、心当たりはありませんか?」


二人は顔を見合わせた。


心なしか、幸子の表情は蒼くなっていた。


「何も、心当たりはありませんが――」


「私もです。」


鳩村は残念そうな顔をした。


「そうですか――」


「あの――姿が見えないって、どういうことですか?」


幸子の問いに、そのままの意味ですと鳩村は答える。


「朝から姿が見えなくなっていたそうです。実相寺さんは、家庭の事情でお母さんが家に帰って来るのが遅いので、気づくのも遅れたそうですが。」


「そう――でしたか。」


「ええ――。実相寺さんについて、ここ最近で、何か変わったことなどはありませんでしたでしょうか?」


これについては、美邦も幸子も、特に答えられることなどなかった。どれだけ役に立つ情報かは分からなかったが、とりあえず、少し顔色が悪かったようだと答える。それを聞き、鳩村は諦めたような表情をした。


「実相寺さんについては、今、警察の方に行方を調べてもらっているところです。友達が行方不明になって不安な気持ちとなっているかもしれませんが、結果が分かるまで、落ち着いた行動を心掛けて下さい。私から聞いたことも、あまり触れ回らないように。」


二人は静かにうなづいた。


頭の中には、由香のやつれたような顔が浮かんでいた。


由香に会わなければ、美邦は幸子や冬樹にも出会えなかったし、神社について調べることはできなかった。それが――出会ってからたったの二週間で由香は失踪してしまったのだ。


――この町では、不審死や失踪事件が多いという。


先日、冬樹から聞いた話が頭の中をかすめていた。

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