5 お祭りの夢

その晩のこと、美邦はまた夢を見た。


自分にいないはずの姉がいるという、最近よく見る夢であった。


夢の舞台は平坂町であるらしい。しかし、目に写る景色の多くは知らない場所だ。知っているはずの場所でさえ、現実とは少しずつ違っている。それでも、何の違和感もなく受け入れていた。むしろ、これが本来あるべき形であるような気がする。


随分と長い夢であったため、内容は途切れ途切れにしか覚えていない。


印象に残っているものは、中通りを行幸する神輿みこしの行列であった。


行列の先頭には宮司がおり、その後ろには、装束をまとった男女がいる。神輿から伸びた紅い紐を二人は握っていた。このうち、女のほうが美邦の姉である。ちょうど高校生くらいの年齢であろうか。町民はかけ声を挙げ、御神酒や米、花吹雪を神輿行列に降りかけている。


目に見えないエネルギーの波ようなものを美邦は感じていた。平坂町中に何か特殊なエネルギーが充ちて、波打っているのだ。何か目に見えない、忙しなく波動する何かが空から降ってきている。


決して悪い光景ではない。それなのに姉の顔は浮かなかった。美邦自身も、何だか憂鬱な気分を振り祓えない。まるで自分達にしか感じることのできない檻に姉妹が閉じ込められているかのようだ。


次に覚えているのは、夕闇の迫る景色であった。


場所は恐らく平坂神社の境内であろう。久しぶりに平坂神社へ戻って来たため、美邦は安心を覚える。鎮守の杜からは、冷たいような、肌から身体の奥へと染み入ってゆくような、ざわめきのようなものが感じられる。


境内に仮設された舞台の上では、神輿の前にいた男女が神楽舞を奉納していた。鈴の音や雅楽の演奏、寿詞の詠唱と共に二人は舞う。


巫女装束に身を包んで舞う姉の姿も、やはりどこか憂鬱そうであった。


最後に覚えているのは、キッチンでの光景だ。


日は落ちており、窓の外は暗い。美邦は居間で姉と向き合っていた。姉は普段着に戻っており、美邦が屋台から買ってきた林檎飴を舐めている。


ふと気にかかり、美邦はこんなことをつぶやく。


――お姉ちゃん、私がおらんようになったら、やっぱ悲しい?


姉は驚いたような顔をし、美邦を叱りつけた。


――そりゃそうだが! 変なこと言わんで!


思っていたとおりの答えで、少し安心する。美邦もまた、姉がいなくなったら悲しいのだ。そうであったとしても――美邦は、自分の命が長くないことを漠然と知っている。なぜそれを知っているのかは分からない。


――うん、そうだよね。ごめんね。


憂鬱な思いを隠すように、美邦は微笑む。


――私も、お姉ちゃんがおらんようになったら、悲しいもんね。

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