4 冬樹の誘い

十月十五日――水曜日。


美邦はいつもどおり登校した。


季節はもうすっかり秋だ。海から渡り来る風が冷たく感じられる。


中通りを東へ折れる丁字路で、美邦は由香や幸子と合流した。転校してからというものの、美邦はこの二人と登校することが日課となっている。


学校へ向けて歩きながら、ふと由香はこう問うた。


「それで美邦ちゃん――家の人から、神社のことについて何か訊けた?」


美邦は詰まらざるを得なかった。


「なんというか――ちょっと訊くタイミングを逃しちゃって――」


「そっか。まあ――美邦ちゃんはまだ、引っ越して来て間もないわけだし。それに何かこれって、一筋縄で片付きさぁな話でもなささぁだしね。」


「うん――そうかも。」


何ということのない日常の会話であった。


そんな会話の端々で、どことなく違和感を覚える。


何が原因なのかは分からない。ただ由香の様子が、先日や先週と比べて違う気がするのだ。そんな美邦の気持ちを代弁するように、幸子は問う。


「由香――ひょっとして元気ない?」


由香は意外そうな顔をした。


「ええっ? 何で?」


「いや、何てかさ――。由香のテンションが、いつもより一オクターヴほど下がっとるやぁな気ぃするだけど。」


美邦もまた、これに同意する。


「うん、何だか私も、そんな気がするよ?」


「うーん。テンションが一億ターブも下がったら、とっくに鬱病になっとるやぁに思うだけどなぁ。ああ――でも、確かに今日は、ちょっと身体が軽いやぁな気がするわ。風邪でも引いたかな?」


「大丈夫?」と幸子は問う。「風邪は引き始めが重要だけん、早めに葛根湯でも呑んどきないよ?」


「うん。そうしとく。」


風邪の引き始めだったのかと思い、美邦は納得する。何しろ今は急に冷え込む季節だ。昼間は何ともなくとも、真夜中に寒さを感じることはある。


学校へ辿り着き、教室へ這入る。


冬樹が登校してくるまで、三人は由香の席の周りで雑談をしていた。幸子はもはや、他の班の人間という感覚がない。


しばらくして教室に冬樹が這入ってきた。


美邦の席に近づき、声を掛ける。


「おはよう、同志諸君。」


おはよう――と三人は口々に返事をする。


冬樹は学生鞄を開き、中から一冊の文庫本を取り出した。


「大原さん――これ、昨日言ってたやつ。」


「あ――ありがとう。」


差し出された本の表紙には、黄色い夕闇に染まった浜辺が写っていた。その真ん中に大きく、『常世論 日本人の魂のゆくえ』と書かれている。


「それから君ら、ちょっとええ? 相談したいことがあるだけど。」


「うん――? なになにー?」由香は興味深そうに身を乗り出す。


冬樹は先日、郷土史家と連絡を取ったことを話した。


「それでさ――今度の土曜日にでも、この菅野さんっていう人の家を訪ねようと思うんだけど、お前らも一緒に来んか? 俺なんかよりも、よっぽど質問に答えられると思うが。」


正直なところ、美邦は少し踌躇った。見ず知らずの人の家を訪れるのは苦手だからだ。それどころか――どういうわけか、ほんの少し厭な予感もする。もちろん、せっかく誘ってくれたものを無碍に断ることもできない。


「ああ、うん。そういうことならば――」


「私も、全然構わないかな。」


美邦の言葉を賛同の意と受け取ったらしく、由香は同意する。


「ただし今は風邪の引き始めっぽいけん、体調を崩すかもしらんけど。」


「ん? 実相寺がか? 風邪っていうと、あの病気の風邪――」


「病気以外でどんな風邪を引くってゆうの! 私かて風邪くらい引くよ。」


「私も土日は予定とかないし、行けるかな。」


言って、芳賀の席へと幸子は目を遣る。


「ただ、私らも誘うんだったら、芳賀君も誘ってあげんさいよ? ――神社のことについて話を聴いとったんは、彼かて同じでしょ?」


「大丈夫、分かっとるけん。芳賀だけ除け者にする男でないさ、俺は。」


美邦は芳賀の席へちらりと目を遣った。


芳賀は、こちらのことなど興味がないといったような表情で窓の外を眺めている。その姿が、なぜかとても寂しいものに感じられた。


冬樹はそれから、芳賀の席へと近寄ってゆき、何事かを語り掛けた。当然、一緒に菅野の家へ行かないか誘っているのであろう。芳賀には芳賀への接し方があるのかもしれない。


そういえば芳賀は、冬樹以外と話している姿を見せたことがなかった。

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