6 平坂駅前での集合

土曜日の午後――美邦は平坂駅へと向かった。


郷土史家の家は上里にある。ゆえに、土曜日の十三時に平坂駅へ集合しようということになっていたのだ。詠子には、とりあえず由香の家へ遊びに行くと嘘をいた。


中通りを南東に折れ、駅へと向かう。


駅に近づくにつれ、シャッターの閉まった商店が目についた。


美邦は激しい既視感を覚える。初めて来るはずの場所なのに、なぜか来たことがあるような気がした。もしかしたら、覚えていないだけで幼い頃に来たことがあるのかもしれない。


駅へ着くと、メンバーは既に揃っていた。


「おっす! 美邦ちゃん。」


由香は片手を挙げ、美邦を迎える。


その顔は蒼かった。この三日間、由香の顔色は少しずつ悪くなっている。


美邦は不安になった。


「うん――由香、体調は大丈夫なの?」


「平気だよー、熱もないし。何でみんなそんなことばかり言うかなあ?」


「みんな――?」


これに答えたのは冬樹だった。


「いや――俺らも、ちょっと顔色が悪くなっとらんかって訊いただが。けれど、実相寺自身は何とも感じとらんみたいだけど。」


「私は、元気だよ。むしろ芳賀君のほうが顔色悪さぁでない?」


言われてみれば、芳賀もまた青白い顔をしている。ただし、これはいつものことである。元から病弱だというのだから仕方ない。


「まあ、僕がこれで大丈夫なだけん、実相寺さんも大丈夫でないの?」


「それもそうだよー。」由香は同意する。「あんま気にかけ過ぎることもないでないの? とりあえず、今は郷土史家さんの処、行かぁや。あまり待たせてもよくないと思うし。――藤村君、住所は知っとるだら?」


「おう。――そうだな。じゃあ、行くか。」


冬樹が歩き始めたので、一同はそれに続く。


駅前の駐車場から西へ少し逸れた処に、踏切があった。


それを目にして、美邦は立ち止まる。


目の前にある踏切もまた、どこかで見たことがあった。


――そうだ。


ここはかつて夢の中で見たことがある。


――平坂町へきて間もない頃に。


そして踏切には、三、四体ほどの黒い影がたむろしていた。それぞれ、立っていたり、しゃがんでいたりしている。折り重なっているものもある。


幸子は不思議そうに問うた。


「美邦、どうしたの?」


「いや――何でもないわ。」美邦は自然と左眼へ手を遣った。「ちょっと、幻視があっただけだから。」


幻視が目に入ることは、あまり気持ちのいいことではない。しかし、しょせん幻視は幻視である。祟りがあったり、ましてや攻撃してきたりするわけではない。そういう意味では、無害な立体映像と同じなのだ。


――これは、特別なものでも何でもないんだ。


ただ、脳の誤作動が作り出した幻影にすぎないのだ。


美邦は再び歩き出し、踏切を渡った。


話に聞いていたとおり、上里は民家と田畑ばかりであった。平坂町の西部より広いはずなのだが、民家があまりないためか、手の平に収まりそうなほど狭く感じられる。美邦が岡山市内に住んでいた頃、漠然と想像していた「田舎」の姿であった。


踏切から少し離れ、美邦はふと口を開く。


「あの踏切って、過去に何かがあったのかしら?」


由香は小首をかしげる。


「うん? どうして?」


「いや――何だか、変な感じがしていたから。」


「また、黒い人影でも見えたの?」


「まあ――そうだけれども。」


芳賀が口を開く。


「何だか、事故が多いだかって話は聞いたことがあるな。そうでなくとも――この町はそういうことが多いけん。」


話しているうちに、その声は少しずつ小さなものとなっていった。


美邦はまだ詳しくは知らないのだが、やはり長くこの町に住んできた者達にとっては、あまり触れられたくない話題なのかもしれない。

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