5 市立図書館平坂町支所

土曜日の午前のこと、冬樹は市立図書館平坂町支所へ向かった。


図書館は駅前にある。このあたりは町の中心地であり、市役所支部や商業会館などのビルが竝んでいる。かつては商店街があったともいうが、今は見る影もない。


図書館はそんなビルの一階部分にあった。蔵書量はあまり多くない。しかし、市内の図書館や本屋は平坂町から離れすぎている。図書館は市内から出張貸し出しも行っており、町民からは重宝されていた。


郷土資料のコーナーへと立ち、郷土誌を一冊抜き出す。平坂神社について記述したページを目次から確認し、郷土誌を開いた。


しかし、この郷土誌もページが切り取られていた。


冬樹は眉を顰める。


書架には郷土誌があと二冊あった。そちらも開き、確認する。だが、二冊とも平坂神社に関するページが切り取られていた。


――どういうことだ?


実を言えば、こうなっているのではないかという予感はしていた――学校にあった郷土誌の切り口は、随分と古いものだったからだ。誰かが何かの目的でページを切り取ったならば、図書館のものも切り取られている可能性は高いのではないかと思った。だが。


――一体、何の目的で。


仕方がないので、その三冊をカウンターへ持って行った。


カウンターにいたのは、二十代後半ほどの眼鏡をかけた女性司書である。パーマなのか癖毛なのか、ふわふわとした髪を一本に束ねている。


「田代さん、ちょっといいですか?」


声をかけると、やや高めの声でその司書は答える。


「おやおやー、藤村君、どうかされましたか?」


冬樹は田代と顔馴染だ。たまに調べ物を手伝ってもらったり、民俗学や考古学のことについて雑談を交わしたりする。そればかりか、職業体験学習の際には世話になった。


冬樹はカウンターの上に郷土誌を開き、事情を説明する。


「大変失礼いたしました! すぐに、別の蔵書がないか調べますね。」


田代は、冬樹が持ってきた郷土誌を取り下げ、パソコンで蔵書を検索し始めた。しかし、やがて難しそうな表情となる。


「申し訳ありませんねぇ。今、この図書館にあるのは、この三冊だけなんですよ。市立図書館に蔵書がありますので、お取り寄せしましょうか?」


「いえ、結構です。」予約した本が届くまでには、どうしても二、三日ほどの時間がかかってしまう。「午後からでも、市内の図書館のほうに行ってみようと思いますので。」


「そうですか。――大変申し訳ありませんね。」


いえ、別にいいんですよ、と冬樹は言う。


「ところで、田代さんってこの町の出身でしたっけ?」


田代はきょとんとする。


「ええ、高校を卒業するまでは住んでいましたよ。――それが?」


「いえ――この町に、平坂神社って神社がなかったでしょうか?」


田代はふっと黙りこんだ。口元に指を当てて、何事かを考えだす。


やはりと言うべきか、何か気にかかることがあるのかもしれない。


「少なくとも、私は知りませんが。――そもそも、そんな名前の神社があったなら、藤村君だって知らないはずはないと思いますよ?」


「そう――ですよねえ。いつもなら。」


美邦が転校して来てからのことを冬樹は説明する。その最中、田代は何かが引っかかるような顔をしていた。神社のことについて美邦から初めて訊ねられたとき、自分もこんな顔をしていたに違いない。


「それは不思議な話ですね――。私、元々は伊吹に住んでいたんですけど、伊吹山にそんな神社があるだなんて初めて聞きましたよ。初詣だって、市内の神社か荒神様にお参りしていましたし。」


「そう――ですか。」


「神社のことについてお調べなら、神社庁か市役所のほうに問い合わせてみるのが一番だと思いますけど。――」


「もう問い合わせました。」


「ほう。」感心したような声を田代は出す。「それで何て言ってました?」


「市役所の人は――十年前に倒産したって言ってました。」


「十年前? 意外と近いですね?」


「ええ――。それで、倒産した理由は経営難だって言ってました。何でも、平坂神社は神社庁に加盟していなかったみたいなんです。」


「そうか! 独立法人だったんだ。」


そんな田代の反応に、冬樹は首をかしげる。


「神社庁に加盟してないと、潰れちゃうもんなんですかね?」


「まあ、そうですね。神社庁っていうのは、たとえて言うなら大きな会社です。そこが、それぞれの神社に援助や指導を行っているんですよ。けれど独立法人だと、個々の神社が一つの会社みたいに経営する感じです。」


なるほど――と冬樹はうなづいた。


「そっか――。それで――指定の文化財も何もない小さな神社だったそうで、政教分離の観点から市も干渉してなかったそうです。」


「独立法人ということは、神社庁のほうも――」


「ええ。把握してないそうです。」


ふうむと言い、田代は再び指を手に当てる。


「築島先生には訊ねられましたか?」


「もちろんですよ。――けれど、やっぱり知らないって。」


「まあ、築島先生もこの町に住んで長いですからね。先生が知らないとなると、もはや私には心当たりがあるとは思えませんが。――」


その妙に歯切れの悪い言い方が少し気にかかった。


「田代さんも気になりますか? 神社のこと。」


「ええ、そりゃ――。私もその手のことには関心がありますから。」


そして、ふと思いついたように言う。


「そういえば――平坂町には郷土史家の方がおられるようですよ? ひょっとしたら、その人に訊いたら何か分かるかも。」


冬樹は少しだけ驚いた。


「いたんですか? この町に――郷土史家なんてものが。」


「ええ。確か、いたようにも聞きましたけど。そのことについて、市役所の方は何も仰っていませんでしたか?」


「いえ、何も聞いてませんけど。」


「そうですか――不親切なお役所ですねえ。それとも、もういないのかなあ? いつだったかは、いたっていうふうに聞いたんですけどね。よかったら、調べといてあげましょうか?」


「あ――そうしていただけたら助かります!」


「それに、平坂町に関する資料は何も郷土誌だけではないと思いますし、よろしければ調べ物のお手伝いをいたしますよ?」


「はい――。ありがとうございます!」


それからしばらく、冬樹は田代と共に郷土資料をいくつか当たった。しかし、平坂神社について記述されたものはほぼなかった。あったとしても、ネットで記されていたものとほぼ同程度の情報であった。

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