2 踏切の夢

冷たいアスファルトの道路の上を美邦は歩いていた。細かい砂利が足の裏に突き刺さって痛い。凍えるほど空気は冷たく、衣服を透き通って肌を撫でる。遠くからは、風音なのか潮騒なのか分からないコーッという音が絶えず聞こえていた。


そこは美邦の全く知らない場所であった。しかし民家の軒先に吊るされた紅い布から、平坂町であることだけは判る。どうやら商店街のようだ。シャッターの閉められた商店や郵便局などが道の両側にあり、アーチ状の看板が道路をまたいでいる。


真夜中の平坂町は、まるで廃墟のようであった。


しばらく進んでゆくと、目の前に踏切が現れた。蜜蜂のような縞模様が街燈に照らされている。


遮断機が唐突に警鐘を鳴らし始めた。


暗闇の中、真紅まっかな光が明滅めいめつする。そうであるにも拘わらず、美邦は踏切へ向けて歩き続けた。このままでは不味いなと心のどこかでは思っていた。それでも歩みは止められない。低い機械音を立て、遮断機が下りてきた。


途端に、美邦は目を覚ます。


自室の布団の中で、横になって寝ていた。


ぼんやりした頭の中、夢を見ていたことに気づいた。


目が覚めたのは、眠りが浅かったためと、微かに感じられる寒気のためだろう。もうじき冬の到来する季節、深夜は冷え込む。布団越しに薄らと感じられる寒気は、夢の中で感じていたものとほぼ同じであった。


再び眠りに就こうと思い、目を閉じる。


そして、背後から微かな物音を聞いた。


畳の上で足を退いたような音であった。


途端に美邦は覚醒する。背後から何者かの気這けはいが感じられた。振り向こうとしたものの、どういうわけか身体が動かない。


身体が凍り付いたまま、少し時間が流れた。


そこにいるのは何者か。何をしているのか。


気が気ではなかった。


やがて背後の気這いは動いた。微かな跫音あしおとがして、美邦の頭のほうへと廻る。もう見つかっているというのに、美邦は息を潜めていた。


薄闇の中、白い足首が現れた。しかし、それさえもやがて暗闇の中へ融け、見えなくなってしまった。跫音もまた小さくなって消える。


気這いはふすまから出ていったように感じられた。


けれども、襖が開かれた音は聞こえなかった。


美邦は布団の中で深呼吸する。


それと同時に、今まで動かなかったはずの身体が、少しずつ融通の利くようになっていった。


美邦は布団の中で仰向けとなり、目を閉じる。今まで力んでいたためか、身体が急激に弛緩してゆく。目蓋の奥から、思い出したように眠気が込み上がってきた。たった今、目にしたものは何であったのか――美邦は考えるのをやめる。きっと脳の誤作動か何かであろうと自分を納得させた。


そうでなければ――。


またあの気這いが、部屋へ戻って来そうな気がした。

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