6 昼休憩
給食時間が終わり、昼休みとなった。
由香と幸子が校舎を案内してくれるというので、美邦はその誘いに乗った。一方で、美邦の世話を言いつけられていたはずの岩井は、
「実相寺さんと古泉さんさえいれば、私なんか用なしですよねぇ」
と、言ってどこかへ消えていった。
校舎そのものは特に複雑な構造はしていない。木造の教室棟と鉄筋の実習棟が
単純な構造だけあって、案内に時間はかからなかった。
実習棟へ来たところで案内は終わった。実習棟の廊下はテラスとなっており、ベンチが置かれている。三人はそこへ腰を掛けた。それから、由香と幸子の関係や、この町のことについて言葉を交わした。
「私も幸子も伊吹に住んどるの。」
明るい声で由香は言う。
「平坂町には、二つの小学校があるだけぇ。一つは入江小学校で、もう一つは上里小学校。入江小学校の学区は、入江・平坂・伊吹の三つ。上里小学校の学区は、そのまんま上里だなー。どっちの学校にも、クラスは一つしかないけん、私と幸子は、かれこれ七年くらいの付き合いだな。」
「へえ――。上里のほうにも、たくさん人が住んでいるの?」
「うんうん。いっぱい住んどるよ。」
「ていうか、平坂町の半分近くは上里に住んどるでないかなあ。」
眼鏡に軽く手を触れ、幸子は言う。
「上里って処はパッと見るとほとんど田畑しかないけど、本当は山のほうにも集落がたくさんあるだけん。広さで言えば伊吹・平坂・入江を合わせたのよりも広いし。だけん、正確に言えば上里っていうんは、大字でなくって、いくつもの集落をまとめて呼んだもんだね。」
「岩井さんは? 岩井さんも、同じ小学校?」
幸子は首を横に振る。頭と共にポニーテイルが揺れた。
「ううん、岩井さんは上里のほうだよ。――それが?」
「いや――岩井さんって、クラスメイトに敬語を遣っているでしょ? それって、何でなのかな、って思って。」
途端に幸子は複雑そうな顔をした。由香は苦笑いをする。
「まー、あれは仕方ないよ。だって、中二病の一種だけん。」
「中二病――って。」
「そうそう。多分――敬語を遣うことによって、周囲との関係を拒絶しとるのかな? 岩井さんはいつも昼休みになると、たった一人で理科室に行って、
「紋白蝶?」
「うん。理科室には紋白蝶が飼ってあるだけど、その世話するのが好きなだが。しかも、紋白蝶にクラスメイトの名前つけとるみたい。このあいだなんかは、紋白蝶に向かってジッソウジさんなんて呼びかけとったし。」
「それはちょっと不思議だね。」
不思議を通り越して不気味だけど――と幸子は言った。
「てか、あの人の敬語って、微妙に間違っとるくない? いつだったか、ごめん遊ばせなんて言われたときは、さすがの私も凍りついただけど。」
「まーまー、ええがん。どうせ高校に入ったら布団の中で自分の頭を掴んで悶絶するだけえ。」
あまり続けたくない話題だったのか、由香は話を変えた。
「ところで大原さんは、今のうちに訊いときたいこととか、言っときたいこととかない? 私達のことでも、この町のことでも、何でも答えるで?」
「ああ、うん――」
美邦は少しだけ考える。当然、頭の中には神社のことがあった。しかし、この二人に答えられるかどうかは分からない。何しろ、渡辺家の人々に訊いてみても分からなかったのだ。
そうであっても――。
美邦は訊かざるを得なかった。
このまま放っておけば、なぜか大変なことになりそうな気がしていた。
「話は全く変わってしまうけど、一つ訊いてもいいかな?」
由香は身を乗り出す。
「何かな何かな?」
「この町に、神社ってなかった? その――荒神様以外で。」
二人はきょとんとした表情をしていた。
神社、っていうと――と由香は問う。
「私、三歳の頃までは、この町に住んでいたって言ったよね? その頃には、この町に神社があったように思うの。小さな祠みたいな感じではなくて――大きな鳥居があって、山の中に石段が続いている神社。叔父さんに訊いてみても、この町にそんな立派な神社はない、としか言われて。けれども、何となく気になっているの。」
由香は首を
幸子は不可解そうな顔で問うた。
「町って、市の間違いじゃなくって?」
「いや、町――平坂町で合っているはずよ。もちろん、別の記憶と一緒くたにしていなければ、の話だけれども。」
幸子は頬に手を当てる。
「神社っていったら、私は荒神さん以外に考えつかんけどなあ――。でも、荒神さんはそんな大きな神社でもないし――どちらかと言えば祠か。」
ふっと、由香は軽く息を吸い込んだ。
「あれ? けど――お祭りがあったやぁな気がする。すごい昔に。いや――それともあのお祭りは、平坂町とは別の処だったんかな? 少なくとも、今はないよね?」
二人の反応は、やはりと言うべきか叔父夫婦のものと同じであった。荒神を祀った小祠はあるらしいのだが、それ以上のものはないという。初詣でさえも、市内の有名な神社へ通うのが恒例であるらしい。
「あっ、さぁだ!」
由香はぽんと手の平を打った。
「こうゆうことは、藤村君にでも訊いてみるべきでない?」
「――まあ、それが妥当だわな。」
藤村君とは誰だろうと思っていると、由香が説明した。
「うちのクラスに、この手のことについて、すっごい詳しい人がおるだが! 今は図書室か、さぁでなきゃ教室かな?」
「まあ、それ以外に行く処もないだら。」
言うなり、幸子はベンチから立ち上がった。
「いずれにしろ、教室棟まで戻らないけんね。早くいかんと、休み時間も終わっちゃうし。」
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