7 藤村君

藤村ふじむら冬樹ふゆきは教室で五竝べをしていた。


対戦相手はクラスメイトの芳賀という男子だ。


冬樹の交友範囲のあまり広くない。休み時間のほとんどは、芳賀と過ごしていたり、読書をしていたりする。芳賀は身体の線が細く、病弱であるため、あまり活動的ではない冬樹と気が合った。


碁盤は碁石で満たされかけていた。戦況は今や膠着状態にある。


黒い碁石を置きながら、ふと、芳賀は問うた。


「なぁ、藤村君。今朝、転校してきた彼女、どう思う?」


「どう――っていうと?」


「いや、こんな時期に転校してくるとか珍しいなって思って。片目に障碍があるんだっけ? 何だか、右眼と左眼が別々のほう向いとったけど。」


「ああ、確かにさぁだったな。――何だ、お前、気になるのか?」


「いや、別に。」


冬樹が白い碁石を置くと、芳賀はううんと唸り始めた。


実を言えば、あと一つだけ白い碁石を置けば、白い直線が完成する箇所が碁盤の片隅にはある。しかし芳賀はまだ気がついていないようだ。芳賀が手を止めてから、しばらく時間が過ぎた。


突如として、隣から白い手がにゅうと延びてきて、黒い碁石をぱちんと置いた。その一手で、五つの碁石による黒い直線が完成した。


唐突な他者の介入に、冬樹は驚いて顔を上げる。


「今日も若さ爆発だね、藤村君。」


そう言って、コケシ顔の少女は微笑んだ。


背後には、幸子と、それから例の転校生もいる。


「おい実相寺、いきなり何するんだ?」


「だって、このままじゃ勝敗が決まらなさぁだっただもん。」


由香は全く悪びれた様子を見せていない。


「それでな、ちょっと藤村君に訊きたいことがあるだけど――」


「おう、何だ? コケシのことはお前のほうが詳しいと思うで?」


「もうっ、コケシって何よーっ。」由香は眉間にしわを寄せる。「確かに、私がコケシに似とることは否定せんけどさあ――。いくらコケシに似とったって、必ずしもコケシのことについて詳しいとは限らんと思うで?」


「それでね、藤村君、訊きたいことっていうのは――」


不満そうに抗議をする由香を遮り、幸子は今までの経緯を説明し始めた。


冬樹は最初、話半分に聴いているつもりであった。しかし、やがて頭のどこかに、妙な引っかかりを感じるようになっていった。


「――神社?」


「そうそう。あくまでも、この町のどこかだって。それでいて、荒神様じゃないやつ。山ん中にある大きな神社なんだとか。」


冬樹は眉間に皺を寄せる。


入江神社ならばともかく、それ以外でこの町に神社があるなどという話は聞いたことがない。ましてや、大きな神社などというものは。


そうであるにも拘わらず、その事実に違和感を抱いてしまう。


「少なくとも、俺は把握しとらんがなぁ。」


「えっ、知らんの?」由香は間の抜けた声を上げた。「藤村君が?」


「あったなら、把握しとらんわけないが。」


「うん、藤村君、オタクだもんね。」


「オタクはオタクでも、民俗学オタクだがな。」


美邦は不思議そうな顔をする。


民族ミンゾク?」


「民俗学だよ。あと、考古学も入っとるけど。民間伝承とか、土着の風俗とか、神道とか、そういう感じのが好きなの。」


そう――と言い、美邦は視線を落とす。


「確かに、藤村君の知識は凄いわな」と芳賀は言う。「僕も藤村君に連れられて、神社や古代遺跡を巡ることあるけど――。どこに何の神社があるとか、何の神様が祀られとるとか、ほんとよく知っとるなって思うわ。」


「変わった趣味でしょ?」


幸子からそう語りかけられ、美邦は静かにうなづいた。


それを冬樹は少し不満に感じる。


「そんな変わっとるってほどでもないが。同い年の男子が三国志や戦国武将に嵌まるのと、俺が民俗学や考古学に嵌まるのと、何が違うんだ。」


「いや、随分と違うだら。」


「けど――」


神社があるって話は聞いたことないなと芳賀は言った。


「荒神さんを除いて。――どこか、別の処でないの?」


その場にいた者の視線が美邦へと向かった。


美邦は顔を伏せる。


「この町――のような気がするのだけれど。覚えているのは、港町にある神社ということだけよ。私が三歳の頃まで住んでいた町――であるように思っていたから、てっきり平坂町のことだと思っていたのだけど。」


「――ふむ。」


冬樹はつい考え込んでしまった。


――平坂町にそのような神社はない。


それ以上に、まともな回答はないはずだ。


しかし神社がないかと問われたとき、奇妙な感覚に捉われたのだ。まるで自分がその神社を知っているかのような、心に棘が刺さったかのような、もやもやとした感覚に――。


「よかったら、調べたげようか?」


「えっ、いいの?」


「だって、さぁ言われたら気になるがん。ひょっとしたら、上里の山奥にでもあるのかもしらんし。もちろん、すぐには分からんかもしらんけど。」


そして、ふと冬樹は思いついた。


「さぁだ――ちょうどいいけん、芳賀――それから実相寺も古泉も、家の人に訊いてみてくれんかな? 調べるんなら人数は多いほうがええだら?」


これに対して三人は、ほぼ異口同音に、分かったと言った。


「ありがとう、みんな。」


美邦は俯いたまま口元に笑みを浮かべる。


「そうしてもらえたら、嬉しいな。」


その表情を目の当たりにしたとき、冬樹は再び奇妙な感覚に捕らわれた。


どういうわけか、美邦を以前から知っているような気がしたのだ。正確に言えば、その表情を知っているような気がした。暗い性格の転校生という印象が強かったためか、こんな表情もできるのかと少し意外に思えた。

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