3 荒神塚

岡山から届いた荷物の整理や、転校の手続き、教科書や制服の新調などに翌日は追われた。転校そのものは、週明けの十月六日に行われる予定だ。殺伐としていた空間も、愛用していた家具で彩られると、ようやく自分の部屋という感じがした。


制服は濃い藍色のセーラー服だ。襟には白い線が一本、胸元には浅葱色あさぎいろのリボンがついている。岡山の学校ではブレザーだったので、このときになって、初めて中学生となったような気がした。


それらの作業が終わったのは、おおよそ十六時頃である。


日はまだ高い。美邦は詠子に、荒神を祀った祠へと案内してもらうこととなった。


渡辺家の前を通る道路を、西へ向けて歩いてゆく。


この通りの名前は、中通りという。


平坂町には四つの大字おおあざがある。まず平坂町の北から、伊吹・平坂。平坂から西に海のほうへ拡がった区域が入江であり、東へ山のほうへ拡がった区域が上里かみさとだ。中通りは、伊吹・平坂・入江を貫く通りであり、名称は海沿いを通る浜通りと対応している。


祠へ着くまで、美邦と詠子はあまり言葉を交わさなかった。


話しているうちに、何となく噛み合わなくなるのを感じたからだ。


中通りでは、四体の黒い人影と出会った。


人影は道路の上にたたずんでいたり、ブロック塀の陰にうずくまっていたりしていた。廃屋の中から、こちらの様子を窺っているものもある。


病院や墓場でもない限り、ここまで多くの人影を目にすることは珍しい。民家の軒先に吊るされた紅い布は、ひょっとしたら「彼ら」が家の中へ這入ってこないようにするためのものではないか――そんなことも考えた。


荒神を祀った祠は平坂町の西端にあった。


鬱蒼とした山を背後として、駐車場ほどの空間が拡がっている。大人の背丈ほどの高さの石垣が山際にあり、祠はその上に建っていた。境内の入口には鳥居があり、一応は神社としての体裁を取っている。


美邦は神社へ参拝するとき、不思議な感覚を覚えることがあった。冷えた空気と言おうか、皮膚から身体の奥へと細漣さざなみの伝わるような感触だ。主に歴史が古かったり、森林が豊かであったりする神社に多い。しかし、名だたる大神社にそれがなく、逆に都会の小祠しょうしから感じることもある。


――それは恐らく、マイナスイオンというやつだろう。


美邦のそんな感覚を、かつて昭はそのように説明したことがある。マイナスイオンが何なのかは知らない。けれども、どうやら気持ちのいい何からしい。扇風機にも、マイナスイオンの出る機能がついたものが売られている。そんなものかと美邦は自分を納得させていた。


「私達はお葬式のあとだけん、境内には這入らんほうがええね。」


詠子が発したその言葉に、美邦は首を傾げた。


「どういうことですか?」


「お葬式のあと、五十日間は神社にお参りせんほうがええの。不幸があったわけだけえ、遠慮せなならんってことらしいが。まあ、そこまで厳しく守る必要はないとは思うけど、とりあえず日が近すぎるけん、やめといたほうがええかもな。」


「そう――ですか。」


美邦は軽く気を落とした。


「どう? 美邦ちゃんの言っとった神社ってのは、ここ?」


「いえ――やはり、違うみたいです。」


鳥居の外から祠へと目を遣る。記憶の中の神社とは似ても似つかない。


記憶の中の神社には、大きな社殿や、山の中を延々と続く石段があった。そして今から思えば、森林や境内から、透きとおった弱い「波」のようなものが感じられていた。


しかし平坂町には、これ以外に神社らしき神社はないという。


それならば――記憶の中の、あの神社はどこなのか。


「私も昨日、ネットを使って初めて知っただけど――ここは正確には入江神社っていうみたい。だけど――やっぱ神社っていうほどのもんでもないからかな? みんな、単純に荒神様って呼んどる。昔は、荒神塚って呼ばれとったみたいだし。ほら――あの石垣の部分が塚だったでないかな? 本当は古墳だったって説もあるらしいけど、出土品はないんだとか。この町は古代遺跡が多いけん、掘ってみたら何か出てきさぁなだけどな。」


「そう、なんですか?」


「何だか、弥生時代とか、古墳時代とかの遺物がよく発掘されるみたいよ? 確か、中学校を建てたときも、銅鐸が一個出てきたでなかったかいなあ。まあ、山陰地方全体がそんな感じだわ。出雲大社も近いし、神話の舞台になった場所が多いけん。」


「確かに――そんな話は、聞いたことがあるようにも思います。」


ふと、今が「神無月かんなづき」と呼ばれる月であることを美邦は思い出した。出雲では、神在月かみありづきと呼ばれるのであったか。入江神社の境内には、社務所も何もなく、寂しい印象を与える。それが、探していた神社の見つからないことと相まって、平坂町は神のいない町という印象となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る