2 不気味な夜
夕食の時間となるまで自分の部屋で過ごした。
窓の外は徐々に暗くなってゆく。啓が帰って来たのは、二十時に近づいたころだ。ちょうど夕食も出来上がっていたので、四人は夕餉に着いた。
神社の話題が出たのは、そんなときだ。
「神社?」
きょとんとした表情で千秋は訊き返す。
「そうそう。美邦ちゃんさ、この町に住んどったときに、お母さんとよく神社にお参りしとっただって。山の中にある、大きな神社らしいだけど。千秋、何か心当たりはない?」
ちなみに、詠子もまた、そのような神社は知らないという。荒神を祀った祠のようなもの以外、何もないというのだ。
「うーん。」千秋は首を捻る。「神社なんて、荒神様以外知らんけど――。だけど、あそこはそんな大きな神社でもないしなあ――」
そう――と言い、美邦は少し気を落とす。
自分の住んでいた町が平坂町だと知らされて以来、美邦の頭には神社の記憶が何度も浮かんだ。それなのに、誰に訊いても神社などないと言う。インターネットで検索をかけてみても見つからないのだ。
「まあ、気になるなら探してみりゃええさ」と啓は言った。「平坂町っていっても、山間部を含めれば結構広いんだしさ。それに平坂町の外ならば、神社はたくさんある。」
「そうよね。」詠子もまた同調する。「気になってみたなら、荒神様だって行ってみたらええがん。実際に見てみたら、案外さぁだったってこともあるかもしらんし。美邦ちゃんもまだ小さかっただけん、荒神様でも大きく見えただけかもしらんで?」
「そう――かもしれませんね。」
一応はうなづいたものの、「大きく見えた『だけ』」という言葉には居心地の悪いものを感じた。「だけ」という言葉の響きが、何だか
無論――そのようなことは、おくびにも出せなかったが。
どうも美邦は、この詠子という叔母と波長が合わないようだ。
*
夕食を摂ったあとは、居間で少しくつろいでから風呂へと入った。
部屋へ戻り、ふすまを開ける――美邦は思わず身が凍り付いた。真っ黒な闇に染められた窓の外に、何者かがいたような気がしたからだ。最初は、シャルル・ボネによる幻視かと思った。しかし目を凝らすうち、次第に見間違いであるらしいことが判った。
窓の外には何もいない。
電灯を点けても、窓の外まで明るくなることはなかった。
美邦はそっと窓辺へと近寄る。伊吹山は暗闇の中に姿を消していた。
海から渡り来る風の微かな唸り声が聞こえる。あるいはそれは、遠くから轟く
今になって、詠子が発した言葉の意味を何となく理解した。
言われなくとも、外へ出るのが何となく踌躇われるような夜だ。闇の中から、何かがやって来そうな気がする。特に――夜闇に隠れているあの伊吹山の中から。
美邦はそっとカーテンを閉じた。
*
その晩、美邦は夢を見た。
見ず知らずの部屋であった。畳敷きの仏間にカーペットが敷かれている。恐らくは昼下がりなのだろう――中庭から差し込む光で、部屋は少し明るい。部屋の真ん中には、大きなドールハウスが置かれている。
夢の中で、美邦は幼稚園児ほどの子供であった。
洋館の向こう側には、小学生低学年ほどの女の子が
それは美邦の姉であった。美邦には姉などいないはずなのに、夢の中の自分は妹であり、目の前の少女は姉であったのだ。姉妹はそれぞれお揃いの着せ替え人形をこの洋館に住まわせている。
だけんね、ちーちゃん――と彼女は言う。
――わたしとちーちゃんにしか見えたり聞こえたりせんもんは、他の人にしゃべったりしちゃだめだよ。さぁでないと、またお母さんも怒っちゃうけん。ひょっとしたら、お人形さんも捨てられちゃうかもしらん。
美邦は手元の着せ替え人形をぎゅっと握りしめる。
わかった――と美邦は答える。
――それじゃあ、指切りしやぁか。
それから姉妹は、小指を絡ませ約束を交わした。ただそれだけのことなのに、酷く懐かしい感触がする。このときになり、自分の帰るべき場所にようやく帰ってこれたような気さえした。
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