4 モラトリアム
夕食を終え、彼女は居間で番茶を啜っていた。隣では妹が雑誌を捲っており、台所では母が洗い物をしている。父親は仕事の疲れがあるらしく、一足先に風呂へ入っていった。
家族全員が、それぞればらばらな行動を執っている。それはある意味で寂しい光景であったが、いつもと変わりない日常に違いなかった。
それなのに、なぜだか今日は厭な予感がしていた。日が没した頃から、心が不安に充たされ始めたのだ。この不安がどこから来るのか自問自答する。しかし当然と言うべきか、答えなど出なかった。まるで何かを忘れていることを思い出したような、そんな感覚に陥っている。
そんな彼女の気持ちを察してか、ふと妹が声を掛けてきた。
「お姉ちゃん、どうしたん? さっきから何だか変な顔しとるけど。」
「ううん、何でもないよ。」
「そう?」
妹は、なおも不安そうな表情を拭えない。
「せっかく冬休みに入っただし、もっと愉しいこと考えよ? これからはお姉ちゃんと一緒におる時間も増えるが?」
妹のそんな言葉に、彼女はやや落ち着きを取り戻す。
「そうだね――。あんま、くよくよしとっても駄目かも。――ちーちゃんは、クリスマスは誰か友達と約束しとったりするん?」
「いや――全然ないな。約束なんかしても、夜まで街に遊びになんか出られんし。私は家で過ごすつもりだで? お姉ちゃんもそうだら?」
そうだね――と言い、彼女は苦笑する。
「クリスマスは、みんなで家で過ごそうね。ちゃんと大きなケーキも買って来てさ。チキンとか、ピザとかも頼もうよ。私はそうやってちーちゃんと一緒に、愉しく過ごせていたら、それで満足だけん。」
玄関で呼び鈴が鳴ったのは、そのときだった。
不安が掻き消えそうになっていたときだけに、心臓が飛び出るほど驚いた。一瞬のうちに、様々な不安が何倍にも増幅されて蘇る。
恐る恐る、玄関のほうへと顔を向ける。
そして再び、妹と顔を見合わせた。
「誰だろうね、こんな時間に。」
妹は不安げな眼差しを向けたまま、何も答えない。
しばらくして再び呼び鈴が鳴る。
母親は、呼び鈴など気づかないかのように洗い物を続けている。
三度目の呼び鈴が鳴り、彼女はいてもたってもいられなくなった。このままじっとしているよりも、再び呼び鈴を鳴らされることのほうが恐ろしい。立ち上がり、玄関へ向けて恐る恐る足を進めてゆく。
「――お姉ちゃん。」
背後から、彼女を呼び止めるような声がする。
彼女はほんの少しのあいだ立ち止った。
しかし四度目の呼び鈴が鳴ったため、彼女は玄関へ向けて歩きだした。不安は極限にまで達そうとしている。しかしその一方で、忘れていることを思い出さなければならないという気持ちもある。とにかく彼女は、自分の中にあるこの不安の正体を確かめなければならなかった。
玄関へと降り、突っ掛けを足に履く。また呼び鈴の鳴ることが恐ろしい。
玄関の鍵を開けるときも、手先が震えて上手く開けられなかった。
引き戸に手を掛け、恐る恐る、十センチほど開いた。
すると意外なことに、そこにあったのは見慣れた顔だった。
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