6 胸の中の違和感
冬樹が再び身体に異変を覚えたのは、十一月十五日の朝のことであった。
休日であったし、遅くまで寝ていたい気持ちで正直なところ山々であった。しかし美邦と博物館へ行く約束を思い出し、ベッドから降りる。
身体の中に、違和感を覚えたのはそのときだ。
それが何であるのか、最初はよく分からなかった。けれども、身体が少しだけ軽くなっているように感じる。胸の内も少し気持ちが悪い。
胸に手を当て、どこから違和感を覚えるのか探った。そして右胸の下、肋骨の内側あたりに原因を突き止める。いや、もっと奥――背中に近い部分だ。そこに、本来はあったものがないような気がした。
冷たいものが背筋に奔った。
――ここにあるのは何だっけか。
冬樹には、それを判断するだけの知識がなかった。いつだったか、美邦が自分の父親の死について語っていたときのことが脳裏をよぎる。確か――昭は腎臓の病気で亡くなったのではなかったか。
とりあえず冬樹は一階へと降りてゆく。
ダイニングキッチンへ這入ると、香ばしい匂いが微かにした。居間では、良子が紅茶をすすりながら朝のニュースを見ている。早苗は出勤していていない。藤村家では、どういうわけか平日の朝食は和食であり、土日は洋食と決まっている。キッチンのテーブルにはサラダと目玉焼きの載った皿があり、食卓傘が被せてある。
「ああ、冬君、おはよう。」
冬樹のほうを向き、良子は居間から声をかける。冬樹は、おはようと返事をする。何一つとして変わりがない――いつもの朝だ。それなのに冬樹は、自分だけ何かが変わってしまったように思った。
いつまでもうだうだしていられないため、洗面所へ這入った。
透明な鏡の中に自分の顔が写る。そして冬樹は、少し固まった。鏡の中の顔も、やはりいつもと変わりがない。それなのに、なぜか変わってしまったような気がするのだ。
これと全く同じ感覚を、由香や築島から抱いたことがある。
では、自分は――。
自分は、一体どうなってしまったというのだろう。
冬樹は今さらながら、右胸の下あたりをさすった。
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