8 冬樹の資料
美邦が再び冬樹と顔を合わせたのは、十四日の火曜日のことであった。
十三日の月曜日は体育の日であり、三連休となっていた。そろそろ冬樹から何か報告があってもいい頃だろうと思い、少しばかり期待を胸に秘めて美邦は登校する。転校してから一週間、この通学路にも慣れ始めていた。しかし、その途中で美邦を出迎える人影と、鮮烈な紅い点として網膜に焼き付く燈台の姿はいまだ慣れない。
中通りから東へ折れる丁字路で、由香や幸子と合流する。
学校へ着き、教室へ這入っても、冬樹の姿はなかった。どうやら冬樹は登校してくるのが少し遅いらしい。それから始業時間まで、由香や幸子と雑談をして過ごした。
冬樹が登校して来たのは、例の如く始業時間直前であった。
教室へ這入ると、冬樹は真っ直ぐに美邦の元へと向かって来た。
「大原さん、おはよう。」
「あ――おはよう。」
由香もまた、おはようと挨拶をする。
「どうしたの、今日は。何か判ったの?」
「ああ――まあね。結構、重要なことが。」
冬樹は学生鞄を開き、そこからコピー用紙の束を取り出した。
「ちょっと――これを読んでもらえないかな? 神社について結構重要な情報かもしれないから。読み終えたあとは、感想を聴かせてほしい。分からないこととかがあったら、そのときにできる限り答えるから。実相寺や古泉と廻し読みしてもらってもええし。」
「ああ――うん。」
美邦は紙束を受け取った。コピー用紙は、二枚をホッチキスで留めたものが二つだ。前者にはボールペンで、「郷土誌のコピー」と書いてあった。
*
冬樹の持ってきた紙を読んだのは、読書の時間の最中であった。
一枚目の紙には、ボールペンで「郷土誌のコピー」と走り書きがしてあった。まずはそれから目を通す。
平坂神社は■■市平坂町大字伊吹■■‐■に存在する神社である。創建時期については不明ながら、延喜十九(九一九)年に記された『山陰雑葉』には、既に「平坂明神」なる記述が見られる。式外社。近代社格制度においては村社に列せられた。大正二(一九一三)年、上里神社・入江神社を合併。主祭神は三輪大物主命。配神として、八重事代主命・少彦名命・健御名方命・天稚彦命・下照姫命・味耜高彦根命を祀る。
端には平坂神社の社殿の写真も載っていた。非常に写りの悪いモノクロだ。記憶の中の社殿と一致するかどうか分からない。それでも、規模だけならば充分に納得のゆくものであった。
美邦は次の行に目を遣った。そして紙面に釘付けとなる。
例大祭――毎年の秋分
建造物――本殿、祝詞舎、拝殿、透壁、神楽殿、神饌所、宝庫、神輿庫、随身門、社務所、手水舎
現在の宮司は大原糺である。大原家は
これは偶然なのだろうか。今の美邦には判断がつかない。何しろ美邦は、この町に「大原」という名字がどれだけあるのかも知らないのだ。
美邦は再び紙面へと視線を落とす。
平坂神社の例大祭は毎年の秋分に行われる
また、春分の夜と冬至の夜には、それぞれ神迎えと神送りの儀式が行われる。これは青ヶ浜から平坂神社へ
郷土誌の記述はそれで全てであった。
気が触れる、目が潰れるという言葉に、美邦は軽く眉を
あるいは――忘れてなどいないのかもしれないが。
美邦は二つ目の紙束をめくる。
初めの紙には、新聞の三面記事が印刷されていた。余白には「平成十■年二月二十日 日本海新報」と書かれている。ちょうど十年前の記事だ。
■■市平坂町で火災
20日午前五時ごろ、■■市平坂町伊吹で民家が燃えていると近所の住民から通報があった。県警■■署などによると、木造二階建てが全焼し、焼け跡から女性の遺体が発見された。同署は住人の大原夏美さん(29)とみて身元の特定を急ぐとともに、出火原因を調べている。
――お母さん。
間違いなく、美邦の母親の名前であった。
二枚目の紙は、新聞の死亡欄をコピーしたものであった。欄外には、十年前の二月二十一日の記事であることが記してあった。欄内に連ねられた死亡者の中から、一人だけ傍線が引かれていた。
20日 大原夏美さん(29) ■■市平坂町伊吹■■‐■
住所は、郷土誌に記されている平坂神社の所在地と同じであった。
読書の時間のあいだ、美邦は何度もそのコピー用紙を読み返していた。釈然としない思いが胸を駆け巡っている。チャイムが鳴ったあとは、由香も読みたいと言ってきた。
美邦は由香に紙束を渡し、それから冬樹の席へと近づいた。
「あの――藤村君、ちょっといい?」
「おう、何だ?」と冬樹は答える。「あの資料に関することか?」
「――うん。」
「それだったら、昼休憩のときに話さぁや。長い話になりさぁだし、実相寺や古泉も混ぜて話したほうがええが。芳賀も知りたがっとるみたいだし。」
「うん――そうね。」
美邦は再びうなづいたものの、どうしても耐え切れず質問をする。
「私の家って、神社の宮司さんの家系だったのかな?」
「さあ――今のところ何とも言えんが。少なくとも今は、この町に大原っていう名前の家はないがな。ひょっとしたら、十年前に火事で亡くなられた人は大原さんの身内でないかって思って、あの記事を入れただけど。」
そう――と言い、美邦は目を伏せる。
「私のお母さんだったわ。間違いなく。」
冬樹は申し訳なさそうな表情となった。
「分かった。――すまなかったな。」
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