4 足の骨
その翌日の朝、冬樹は再び激痛で目を覚ました。
痛みのあまりベッドから転がり落ち、床に激しく身体を打ちつける。
身体を丸め、左足を抱きかかえた。
激痛を感じたのは、今度も左足の爪先からだ。しかし二度目ということもあり、比較的早めに状況を把握できた。喘ぎ声を上げ、天井を仰ぐ。涙で霞んだ視界に、朝陽の射し込む窓が写った。
しばらくして、部屋のドアが開く音が聞こえた。
「今度は一体、何なの?」
早苗は気だるげに声をかけ、照明のスヰッチを入れる。
「母さん――また、爪が剥がれたみたいだ。」
「――またなの? 救急箱持ってくるから、ちょっと待ってなさい。」
早苗は溜息を吐き、部屋から出ていった。
白い照明の下で、左足の爪先を確認する。
爪が剥がれてからというものの、左足の指には
今回剥がれたのは、親指と人差し指の爪であった。
しかしながら、爪先から感じる違和感はそれだけではない。綿紗に覆われた小指からも、何か奇妙な感覚を受ける。
ためしに、綿紗の上から左足の小指を摘まんでみた。ぐにゃりとした
――骨がなくなっている?
耳小骨が無くなったくらいだ。それは充分にあり得ることであった。どうやら、骨がなくなっているのは左足の小指だけらしい。
早苗が戻って来た。
冬樹の爪先に薬を塗り、綿紗を貼ると、早苗は救急箱を持って立ち去ろうとする。冬樹はそれを止め、綿紗を替えたいからと言って救急箱を受け取った。
部屋から早苗が出ていったあと、小指から中指に掛けて貼られた綿紗を恐る恐る冬樹は剥ぎ取った。爪はもう少しだけ再生し掛かっている。
それなのに――やはり、骨だけが無くなっているようだ。
冬樹は一つ溜息を吐いた。それが白くなっているのを目にして、寒さを思い出す。胸の奥から悔しさが込み上げてきた。
冬樹の耳は右側しか聞こえなくなっている。次は何を取られるのか分からない。それなのに、早苗も良子も――冬樹の身体に起こっていることに対して全く無関心なのだ。
目覚まし時計が、けたたましい音を鳴らし始めた。目覚まし時計を止め、立ち上がる。部屋は寒くて堪らなかった。
一階へ降り、台所へと入る。
テーブルでは、良子がいつもどおり新聞を読んでいた。大声を上げたことも全く気にかけていないような表情で、冬君おはようと言う。
「あ――うん。おはよう。」
テーブルのいつもの席に着き、冬樹は石油ストーヴに当たる。ほんのりとした温かさに、傷を負った爪先が癒されてゆくようだった。
「冬樹、早く支度しちゃいなさい。でないと、遅れるが。」
早苗にそう言われ、冬樹はうんとうなづいた。
ひょっとしたら自分は発狂しているのではないか――とも思う。最近、自分と世界との間に、奇妙なずれが生じつつあるのを感じていた。早苗や良子だけではない。芳賀でさえも――何だか、よそよそしい他人行儀な態度を取りつつあるのだ。
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