6 自治会長への電話
由香が失踪してから三日が経った。
その間、何の続報もなかった。
教室が不穏な空気に包まれていたのは、由香が失踪したその日だけである。それ以降はいつもと変わらなかった。そんな中、空席のままになっている机や、美邦や幸子の暗そうな顔が、
由香の失踪に関して、冬樹は何もすることができなかった。幼いころから何度も繰り返されてきたことだ。一年に一度あるかないかという割合で、防災無線や噂を通じて不吉な報せが入ってくる。この町で失踪した者のなかで、帰ってきたという者の存在を冬樹は知らない。
そして休日がやってきた。
土日を通じ、平坂町に存在する自治会長の家に冬樹は電話をかけ続けた。
最初は、荒神塚を誰が管理しているのかが気にかかった。平坂町郷土誌を開いてみると、驚いたことに宮司の名前は「大原糺」とある。恐らく荒神塚が建っている土地は、かつて大原家の所有だったのだろう。
では、平坂神社が「破産」したあとは、どこの所有となっているのであろうか。市役所は休日なので閉まっていた。それゆえ、最初は入江の自治会長の家へ電話をかけて訊ねてみたのだ。
自治会長の家の電話番号は良子から聞いた。見ず知らずの他人の家へ電話をかけることにはやや抵抗があったが、それよりも好奇心のほうが勝っていた。また、自治会長を務めているのならば、平坂神社について何か知っているかもしれないとも思った。
結果として判ったことは――荒神塚のある土地は、少なくとも現在は市有地となっているということであった。神社そのものは自治会によって管理されているという。
――これこそ政教分離に違反してはないか?
そうは思ったものの、ひとまず黙っておいた。
しかし、それ以上に冬樹を驚かせたのは、この自治会長が平坂神社について知らないと言ったことだ。良子と同じく、倒産したという噂を十年前ほど前に聞いたことがあるだけだという。十年前の自治会長は別の人物であり、その人物も既に亡くなっているとのことだった。
他の区域の自治会長の家の電話番号を聞き出し、冬樹は受話器を置いた。
それから、入江以外の自治会長の家にも電話をかけた。なかには在宅していない者もおり、結果として調査は日曜日にまでずれ込んだ。
しかし、いずれの自治会長も同じことしか言わなかった。上里の自治会長に至っては、平坂神社が倒産したことも知らなかったという。
そして、全ての地区で、十年前に自治会長だった者が亡くなっているということも知った。それどころか十年前の伊吹の自治会長は、九年前の十月五日に腐乱死体となって発見された老人であった。
「ああ――はい。お忙しい中、時間を取らせてしまいまして、どうも失礼いたしました。ありがとうございました。それでは――失礼いたします。」
そして溜め息を一つ吐く。
やるせ無い思いで、自分の部屋へ向けて歩きした。
――この町で、何が起きてるんだろうか。
菅野の話を聴く限り、この町に長く住んでいれば、平坂神社や御忌の存在を知っているはずなのだ。それなのに、菅野を除いて誰も知らないという。まるで、伝承上の平坂町と、現実の平坂町とでは全く違っているかのようだ。
自室へ篭ると、冬樹は机の上へ肘を突いて考え始める。
頭の中には、今度は全く別の懸念事が浮かんできた。
――一体どこへ行ってしまったんだ、実相寺。
この町で失踪した人というのは、一体どこへ行くのか。
冬樹の頭には、伊吹山の姿が漠然と浮かんでいた。
冬樹は幼いころから、自分の父親が夜闇に連れて行かれたような気がしていた。この町の人々は夜中に外へ出ることを恐れる。それはどことなく、かつてこの町で行われていたという「御忌」を連想させる。
今の冬樹にとって、この町で起こっている不審死や失踪事件は、平坂神社のことと不即不離であった。
新聞記事から調べた事実から察するに、不審死や失踪事件は、十年前から始まっている。恐らくは、大原糺の死を皮切りとして――。
そして平坂神社は倒産し、町民から忘れ去られた。
――これから、どうやって調べてゆくべきだろうか。
正直なところ、冬樹は調査に行き詰まりを感じていた。町内の図書館にも市内の図書館にも、平坂神社に関する資料などほぼなかった。大人達に訊ねたところで、知らないという答えしか返ってこないだろう。
また、平坂神社の跡地をまだ訪れていないことも気にかかっていた。資料を探したり、電話で聴き込みをしていたりしていて、つい忘れてしまっていたのだ。しかし、平坂神社の跡地といっても、空き地くらいしか残っていないだろう。
――どうせ行くんなら、山の中に這入ってしまったほうがいい。
そう考えていた。ひょっとしたら、山の中に神社や社務所などの廃墟が残っているのかもしれない。特に社務所でも残っていれば――何らかの手がかりをつかめる可能性があるのではないだろうか。
もちろんそれは困難なことでもある。
山の中に入ることが難しいというだけではない。恐いのだ――平坂神社の存在をこの町から消し、十年間に亘って不審死や失踪事件を起こしてきたであろう者の存在が。
実行するだけの気力はまだなかった。
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