神送りの夜【旧版】

４ 父が隠していたこと

病院を出たあと、どこかで夕食を摂らないかと啓は誘った。

病院の近くにあるファミレスへと美邦は啓を案内した。そこで夕食を摂り始める。食事中、美邦がどのような生活を岡山で送ってきたのかを啓は訊ねた。美邦は正直に答えてゆく。啓はやや安心したような表情となった。

｢そうか――しっかりしとるだな、美邦ちゃんは。」

食後の珈琲（コーヒー）が運ばれてきたころには、おおよそのことを語りつくした。

それから先は、啓の家族と平坂町のことについて話が移っていった。

｢僕の家は今、三人暮らしなんだ。僕と、嫁の詠子（えいこ）と、娘の千秋（ちあき）だよ。だけん一応は女のほうが多い。家族に詳しいことはまだ話していないけど、恐らく詠子――叔母さんは諒承してくれるでないかな。詠子は、まだ小さい頃の美邦ちゃんを随分と可愛がっとったけん。」

そうですか――と言い、美邦は珈琲を口にする。

正直なところ、あまり興味のある話題ではない。

｢僕自身、こっちで引き取ってもええかなって思ったのは、姪がたった一人で離れて暮らしてゆかにゃならんと思うと、あまりええ気持ちでなかったけえだ。詠子も事情を聞いたら、きっと同じことを思うと思う。」

今さらながら、自分は姪なのだなと思った。

美邦にとって、啓は初対面も同然の小父（おじ）さんだ。けれども啓にとって、美邦は十年前まで成長を見守ってきた姪なのだ。そういう意味では、娘に準ずる存在なのかもしれない。

｢父は――私を叔父さんの元に預けたくないんでしょうか。」

啓は難しそうな表情をする。

｢どちらかというと、平坂町に帰したくないって感じだったがなあ。」

｢一体、どうして？」

｢それが、さっぱり判らんだが。一応は、美邦ちゃんを心配しとるみたいだったけれども――それだけでないやぁな気もするな。町のことを嫌っとるやぁな言い方だったけえ。僕には、何の心当たりもないけれども。」

美邦は少し不可解に思った。

｢父が今まで叔父さん達と連絡を取らなかったのは、岡山へ引っ越してきてから親戚と仲が悪くなってしまったためだと聞いていました。詳しいことは知らないですけど、やはり関係があるのでしょうか？」

｢引っ越してから？」

｢ええ――。岡山に引っ越して以降、何か揉め事があったのだ――と。少なくとも、父からはそのように聞いていましたけれども。」

啓は怪訝な顔をする。

｢いや、そういうことは起こっとらんかったけどな――。むしろ、美邦ちゃんのお父さんのほうからいきなり音信が途絶えただん。何で今まで連絡を取らなかったのか、僕には分からん。」

美邦は再び困惑する。

｢そう――なんですか？」

｢――ああ。」

しばし何かを考えてから、啓は問う。

｢美邦ちゃんは、平坂町にあった家が火事になったこと知っとる？」

｢――はい。岡山へ引っ越す前に、火事があったとは聞いています。」

｢うん――。それが十年前の――冬のことだったか。出火原因は石油ストーヴの事故だったから。そのとき、美邦ちゃんは熱を出して市内の病院に入院しとって、お父さんもそれに付き添っとったけえ無事だったけども――残念なことに、お母さんが亡くなられてしまった。」

えっ――と言い、美邦は身体を硬直させる。

｢どうか、したのかい？」

｢いえ――火事で母が亡くなったことは、初めて知りました。ただ、私が幼い頃に亡くなった――とだけ聞かされていたので。てっきり、病気か何かが原因だと思っていました。」

｢そうか――」

啓はそうつぶやくと、目の前にある珈琲を一口だけすすった。

まさか母の死因がそのようなものだとは思わなかった。病気で死んだことよりも酷（むご）く感じられる。なぜ、昭は今まで話さなかったのだろう。

気まずそうな顔で啓は続ける。

｢家が全焼したあと、お父さんは何を考えたのか、美邦ちゃんを連れて平坂町の外で仮住まいを始めた。町内に自分の実家があるわけだけん、こっちに身を寄せてもよかったのに。そうこうするうちに、仕事で岡山へ引っ越すことになったという連絡が入ってきたんだ。」

それきりだよ――と啓は言った。

｢それきり――どこへ行くのかと問い糺す暇もなく、岡山へ出ていってしまったんだ。以降、お父さんから連絡が入ることはなかった。」

美邦は何も答えることができなかった。

啓が語ったことは、今まで父から聞かされていたこととは少しずつ違っている。どこまで信じていいのか分からない。しかし昭は、かつて美邦が住んでいた町の名前でさえ隠してきたのだ。

｢父は――私に隠し事をしてきたということでしょうか。」

｢まあ――そういうことになるのかな？」

｢一体、なぜ？」

｢それは分からないよ。お父さんに訊いてみないことには。」

美邦は項垂れる。

何が起こっているのか――よく分からなかった。

｢美邦ちゃんは、平坂町について何も知らないのかな？」

｢ええ――何も知りません。幼い頃にどこかの田舎町に住んでいたことは何となく覚えているのですけれど――。そこが何という処なのかは今まで知りませんでした。平坂町という地名も今日になって初めて聞きました。どこにあるのかも知りません。」

｢そうか――」

啓はスマートフォンを取り出し、操作しながら説明し始めた。

｢平坂町は、■■県の■■市にある港町だ。町といっても、市内にある行政区画の一つだな。人口は八千人くらいで、小学校が二つと、中学校が一つある。三方が山に囲われてるから、確かに交通の便はよくないな。」

啓はスマートフォンを差し出す。

画面には■■県の地図が出ていた。

■■県は岡山から見て中国山地の向こう側、山陰地方にある。■■市については名前しか知らなかった。地図の上では、県庁所在地から離れた地方都市のようだ。その市街地からも離れ、北沿いの海岸にへばりつくようにして平坂町は存在している。確かに辺鄙な処には違いない。

｢あとは――こんなのもあるけれども。」

啓は再びスマートフォンを操作し、アルバムを開いた。画面には様々な写真が竝（なら）んでいる。どれも町の風景を写したものであった。

｢みんな平坂町の写真だよ。僕が撮ったんだけど、よかったら見てごらん。」