第八章 遺跡

1 腐臭

十一月十日、月曜日の朝のことである。


美邦が起床して一階へ降りてくると、微かな腐臭を感じた。玄関では、喧しい音を立てながら詠子が郵便受けを洗っている。その乱暴な手つきから、激怒していることだけは簡単に判った。


また何か奇妙なことが起こったのであろう。何も見なかったふりをして美邦は台所へと向かう。


台所では、先に起きていた啓がトースターでパンを焼いていた。


「おはよう――美邦ちゃん。」


「おはようございます。」


「叔母さんなあ――今、殺気立っとるみたいだけん。朝ごはんは、勝手にトーストでも焼いて食べてって言っとったわ。」


「そうですか。――叔母さん、どうかされたんですか?」


「ああ、郵便受けに生ゴミが入れられとったらしくってな。」


「――生ゴミ?」


性質たちの悪い悪戯だな。しばらくは構わんほうがええで。」


啓はそれ以上、何も言わなかった。


悪戯にしては性質が悪すぎないか。


一体、誰が生ゴミなど入れたのであろう。先日、玄関に落書きがされたときと同様、これも美邦に対する厭がらせなのかもしれない。


しかしその一方で、底知れぬ違和感も覚える。


由香は鉄道事故で亡くなり、菅野は火災によって亡くなった。冬樹でさえも、爪が剥がれたり耳が聞こえなくなったりしている。それなのに――。


美邦に対する被害が、まだこの程度で済んでいるのは、なぜなのか。


それとも、もっと激しい攻撃がこれから始まるのだろうか。そう考えると、今さらながら背筋が冷えた。玄関で乱暴に郵便受けを洗う音が、不安をさらに大きなものとしていた。

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