落語「埋め先」
佐賀砂 有信
本編
埋め先(うずめさき)
1 旦那
2 番頭
1 番頭、番頭はおるか。
2 へーい。旦那さま、なんぞご用で?
1 うむ、お前な、わしの横にあるこの箱、これは何やと思う。
2 箱?それは、千両箱でございますか。
1 そうや。蔵から一つ出してきた。お前さんな、この千両箱を見て、どない思う?
2 どない思う、と申されましても……当家の身代、大切なものでございますから、気をつけて扱わねばならないと、こう思います。
1 えらい!それでこそウチの番頭や。お前がもし羨ましいとか、欲しいとか、そんなことを抜かしたら、お前をこの店を叩き出すところや。はっはっは。
2 はっはっは。(小声で)あっぶなー。
1 何ぞ言うたか?
2 いえ。それで、千両箱がどないぞしましたか?
1 うむ。ワシもな、ありがたいことにこれだけの蓄えを持てた。それもこれも、ワシの下で身を粉にして働いてくれるお前さんらのお陰じゃ。感謝してるで。
2 は、ありがとうございます。
1 ついてはな、ワシはこの蓄えの一部、この千両箱を、どこぞに埋めておこうと思う。
2 はい?埋めるんでございますか?
1 そうや。この世の中、いつなんどき何があるかわからん。ひょっと店が無くなるなんてこともあり得るやろ。そんなときのために、この金を、どこぞへこっそり埋めておきたいんや。
2 はあ、埋蔵金ちゅうやつですか。
1 その通りや。ついては、頼みたいことちゅうのは、この金を埋めるのにちょうどええ場所を探してもらいたいんや。ワシの屋敷から観て東西南北、四つの山があるな。あそこのどこかへ隠そうと思うとる。どこが一番隠し場所に相応しいか、下見に行ってもらいたい。やってくれるか。
2 へえ、やれといわれたらやりますが、二つだけ伺ってもよろしいですか。
1 なんじゃ?
2 まず、なんでそない大事な話を、私なんぞに聞かせていただいたので?
1 そら、お前さんらを信頼してるからや。
2 ありがとうございます……それと、もう一つ。お金が余ってると仰いました。そのお金を、埋めるんやなしに、奉公人に配る、という考えは、どう思われます?
1 は?なんやて?
2 ですからその、我々のお給金を上げていただく、そんな使い道もあるかと存じますが。
1 店の者の?給料を?上げる?……(心底不思議そうに)何でや?
2 結構でございます。十分でございます。そのようなお考えだからこそ、お金が貯まったのでございましょう。さっそく下見に行ってまいります。
1 行ってくれるか。そしたら先ずは東の山を見てきとくれ。あそこはうちから一番近いんや。ワシの金の隠し場所に相応しいか、しっかり見てくるんやで。
2 へーい。
2 旦那さま!戻りました。
1 番頭か、どないやった東の山は。
2 はあ、そりゃあもう素敵なところでございました。坂もそないキツくないし花はぎょうさん咲いてるし、ほんに綺麗な景色で。
1 景色はどうでもええねん。ワシの金を埋める場所はありそうか?
2 あーそれやったら、ちょうどええとこが……。
1 あったか。
2 おまへん。一つもおまへん。東の山にはお金、埋められません。
1 埋められんちゅうことないやろ。
2 と申しますのもあの山、ありとあらゆる山菜が取れるんやそうで。きのこにたけのこ、自然薯にフキノトウ、芹なずな、すずなすずしろ、ゴギョウハコベラホトケノザ、山の恵みの宝庫やそうでね。私共が行ったときもたくさんの人が、鍬やら鋤やら熊手持って、そこらへんザクザク掘り返しておりました。あんなとこにお金埋めてみなはれ。すぐ掘り出されまっせ。あっはっは。
1 お前はなんでそない楽しそうなんや。
2 はあ。かえりに茶店で山菜の天ぷらいただきましてな。これが絶品でございました。旦那さまも是非こんど、一緒に登りに行きましょう。
1 アホか!おい、ワシはお前らを遠足に行かせた訳やないで。東がダメなら今度は西や。西の山、早よ下見に行ってこい。
2 へーい。
2 旦那様あ、戻りました。
1 おお、どないしたんや、えらいボロボロやないか。まあ座れ。どうやった。
2 あきません。西の山はあきません。危なすぎます。坂は急やし岩だらけだし、森の奥からわけのわからん獣の叫び声は聞こえるし、ホンマおっかないところで。
1 さよか……東と西で、なんでそんなに違うんやろな。
2 中でも恐ろしかったのが、底なし沼でございます。
1 底なし沼?うちの近所に底なし沼があるんか?
2 あったんでございます。一緒に連れて行った店の者が3人、沼にハマりましてな。
1 えらいこっちゃ。無事やったんか。
2 なんとか残りの者でグーッと引っ張り上げましてな。無事に4人とも助かりました。
1 ……ひとり増えたな?どこから湧いてきたんや。
2 あ、いえ。地元の方が先にハマっておりまして。それを助けようとして店の者がハマったんでございます。
1 先に言わんかい。お前さん説明が下手やな。
2 しかし旦那様、底なし沼も使いようでございます。私、考えました。底なし沼の上に千両箱を置きます。そうすると勝手に沈みます。穴を掘る手間を一切かけずに、地中深くへ千両箱を隠せるんでございます。いかかでしょう。
1 ほう。それで、どないして掘り出すんや、それ。
2 ……考えておりませんでした。
1 お前さんは底なしのアホやな。ただ、隠し場所としては、それくらい危険な場所がええかもしれんなあ。
2 あ、あと西の山は、あまりに危ないので、土木工事をして山を整備してるところやそうです。そこら中で土を掘り返しておりました。
1 先に言わんかい!あかんあかん。いま埋めてもすぐ見つかるがな。あかんあかん。北の森にしよう。うちからは遠いけど深い森があるんや。見にいっとくれ。
2 へーい。
2 旦那様、戻りました。
1 おお番頭、どないやった。北の山は。
2 はあ、北の山、とにかく静かなところでございました。花もなく、底なし沼もなく、ただただ静かでね。ほんに面白みのない山で。
1 面白みはいらんねん。わしの金を埋めるのに相応しいか、ちゅう話や。
2 人通りはありませんでした。行けども行けども森で。
1 それはエエな。そういうへんぴなところがエエねん。
2 ずーっと山を登っていくと、お地蔵さんがございましてな。
1 エエがな。目印になるで。
2 お地蔵さんの後ろに、けもの道がスーッと伸びておりましてな。
1 エエがな。気づきにくい道や。
2 それを登っていきますと、目の前に大きな一本杉が立っておりました。
1 うってつけやないか。よし、ワシの金はそこに埋めよう!
2 あきません。埋められません。
1 なんでや。お前が言った場所、金を埋めるのにピッタリの場所やないか。
2 もう既に、埋まっておりました。
1 ……は?
2 一本杉の根本、試しに掘ってみましたところ、固い手応えがありましてな。土を払いのけたら、千両箱が十ほど出てまいりました。
1 ……金埋めるの、流行ってるんかいな。
2 私も驚きました。埋蔵金を掘り当てたのに、ちっとも喜べませんでした。
1 それでお前、埋まってた金はどないした。頂戴してきたんか。
2 頂こうか、とは思いました。しかし、この金も、私と同じような番頭が、私と同じように、ケチな旦那に散々こき使われて、やっとの思いで埋めたんだろうな、と思うと、(涙声で)とても掘り出すことはできませんでした。
1 言うてくれるやないか。ええい、しゃあない!南の山や。西も東も北もアカンなら、南しかないやろ。南の山に埋めよう!
2 旦那様、お待ちください。南の山、と仰いますが、あれは山ちゅうより丘でっせ。人通りも多いし、見晴らしもええし、物を隠すのにはいっとう不向きだと思いますが。
1 せやったら、思いっきり深く埋めたらええねん。人を雇って、深い穴を掘れ。わしの金は南の山に埋める!早く手配せえ!
2 へーい!
2 旦那様ぁ!旦那様ぁ!
1 おお、えらい慌ててどないしたんや。南の山で何があった!
2 …………温泉が出ました!
(三か月後)
2 ようこそ、南の山温泉へー!これはこれは旦那様、ようお越しくださいました。
1 番頭か。随分と賑わっとるような。
2 お陰様で、出だし好調でございます。便利のエエとこに温泉ができたちゅうて、皆さん喜んでおります。それもこれも、旦那様がお金を出してくださったおかげです。
1 ああ、もう埋蔵金とかアホらしくなってな。東西南北ぜんぶから断られた金や。見るのも嫌になってきてな。思い切って使ってしまうことにした。
2 結構でございますな。お食事はお風呂の後になさいますか。
1 ほう、食事も出しとるんか。
2 ええ。名物は山菜の天ぷらでございます。東の山の山菜でございます。
1 さよか、お客も仰山来とるようやな。
2 近頃は、西の山の工事現場から、たくさんお越しくださいます。
1 ああ、底なし沼埋めてる皆さんか。ところで、儲けは出てるんか。
2 今のところはまだまだ。どうしてもお金が足りんときは、こっそり北の山へ行って、埋蔵金をちょっとだけ借りております。いえいえ、使たぶんはキッチリ翌月に埋めなおしております。本当の意味で、埋め合わせをしております。
1 ……ワシの人生は、この温泉宿を建てるためにあったんかなあ。どれ、折角やし、ワシも温泉、入らせてもらおうか。
2 ようございます。あ、一つご注意申し上げますが、まだ時間が早いさかい、お湯がずいぶん熱うなっとります。どうしましょ、湯舟に水、入れましょか?
1 いや結構……埋めるのはもう、コリゴリや。 《完》
落語「埋め先」 佐賀砂 有信 @DJnedoko
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