二人揃って驚きが顔に出ていたのだろう、理由の説明までされてしまう。認めたくはなかったが、アミスの言う通り顔に出やすいらしい。彼こそがカニスマヨルの人型端末。ハロルド達の実父であり、故郷を破壊し母を殺した者。

 我に返るのは、ミラの方が早かった。彼女は思い切って指摘する。

「もうひとつ、同じものがあるんだろう。左の手に」

「その通りだ」

 ダルクロッサは、左の黒手袋を外す。薬指には同じ指輪が填められていた。彼にとっては思い出の結婚指輪だろう。少し眺め、外す。

「本当は、こちらも一緒に持っていて欲しいな。受け取りたくない、と言うなら、私が……持って行くが」

 ダルクロッサは慎重な態度で、こちらの様子を窺いながら指輪を差し出してきた。

「いえ、受け取らせてください」

 内心複雑ではあったものの、ハロルドは素直に受け取った。内側にはダルクロッサと刻んである。人間としての名前だ。彼は危険をおかしてまで、母に贈った結婚指輪を聖国へ取りに行っている。自分の分も、左手の薬指に嵌めていた。愛し合った真実を、黒手袋で隠しながら生きてきた。自分の飛空艦に行き場のない人々を迎え入れ、人と人の文化に暖かい眼差しを向けていた。だが本当に、あの残虐な仕打ちをした竜と同一人物なのだ。

 一方でハロルドは、母親が誇らしげに彼について話していたのを知っている。悪い事情で別れたのではないと教えられた日もあったし、夜中にこっそり泣いていた時もあった。片方の話を聞くだけでは、やはり分からないものがある。本当に愛していたのだろう、とハロルドは思う。二人とも、互いを大切に思い続けていた。握った拳を振り下ろす場所は、必ずあると思っていた。真相へ近づくにつれ、見つからなくなって行く。

「憎いだろう。私が」

 ダルクロッサが静かに呟く。

「憎いですよ。カニスマヨルが」

 ハロルドは正直に答えた。怖くないと言えば嘘になるが、お互い向き合わなければならない時が来ている。

「だけど、あなたに助けられなければ。あなたがくれたものがなければ……俺は多分、ここまで生きて来られなかったと思います」

 二度目の対峙は、意外と落ち着いていられる。彼が人間の形をしているからかもしれない。ハロルドは、小さく息を吐く。一度感情的になってしまったら、取り返しがつかなくなる気がした。同じ過ちは繰り返さない。今まで沢山の人に助けてもらい、守ってもらった。今度はハロルドが、ミラや仲間達を助ける番だ。ダルクロッサがなるべく落ち着いて、腹を割って話そうと努めているのが分かる。彼も同じく、ここで争おうとは考えていないだろう。ハロルドは彼を信用し、更に切り込んでみようと考えた。聞きたい事は沢山ある。

「母に子どもがいたと、知っていましたか?」

「いや。君を保護して身体組織を調べた時、私とアステールの間に子どもがいたのを知った」

「母とは一緒に住んでなかったんですね」

「危険な業界だからね。会社が安定したら迎えに行こうと思っていた。しかし彼女は、その前に行方を眩ませてしまっていたよ」

「もうひとつ、いいですか。俺が次に知りたいのは、俺の故郷を破壊したのはあなたの意志によるものか、という事です」


 少し待っても、ダルクロッサは沈黙したままだ。ハロルドは続けた。

「俺はこう思っています。あなたは人間へ友好的な感情を持ち、人間と一緒に暮らすために人の姿のみならず、振る舞いまで模している。人間の女性と恋愛までしてる。そんな存在が、例えば本能のままにとか、特に理由もなく人里を襲うなんて考えにくいよな、って」

「だが、あの時のカニスマヨルに、高度な知性があるようには見えなかった。何か事情があったのではないか? という事だね」

「そうです」

「暴走だ。あの日酷い悪夢を見て、私は飛び起きた。現実だった。本体が制御不能になっていると気づいたのは、その時だった」

 ハロルドは安堵した。安堵した、というのもそぐわない感情かもしれないが。ダルクロッサが自分の意思で、村を破壊した訳ではなかったと分かってよかった。もし彼が自分達を口封じしようとしたら、更なる悪い目的を隠していたら……という心配をしなくていいのだ。それに、ダルクロッサと関わってきて、ハロルドは分かっている。今まで本当の事を一部黙っていたが、誰かを陥れるために嘘をつくような人物ではないと。

「全て遅過ぎた……人の側で、もっと側でと生きようとして、無理が祟ったのだよ」

 竜は強大な兵器だ。突然現れた謎の敵と戦うために、古代人達の手によって作られた。

鉄をも引き裂く竜の爪は、敵を倒す目的に特化している。輝く翼から振り撒かれる瘴は、意図せず生物を変質させてしまう。竜の口は獲物を食らうためにあり、愛を歌うには鋭過ぎた。竜の人型端末は、人間と接触するための一器官に過ぎなかった。

「私は卑怯者だ。君が何を思うのか恐ろしかった。黙ってここまで来てしまった」

「俺だって卑怯ですよ。自分の復讐に社会的な正当性があるんだなって、内心ちょっと安心してたんです」

「楽にしてくれるのかい、私を」

「今更どの口が言うんですか」

 ハロルドが言い終わるか終わらないかの内だった。ダルクロッサは突然胸を押さえ、膝から崩れ落ちそうになっていた。だが、ハロルドはとっさに動けない。突然の事に状況認識が遅れたのにくわえ、素直に手を差し伸べられなかった。ハロルドより先にミラが駆け寄り、迷いなく体全体で支える。ミラの金色の瞳と、仮面の奥にある金の瞳が合わせられる。

「痛むのか」

「……少しね」

「嘘だ。本当はもっと痛いはずだ。まさか暴走してからずっと、我慢しているのか?」

 暴走の苦しみは、ハロルドもミラも知っている。彼と自分達とでは置かれた状況が違うので、程度がどれほどかは不明だった。ただ、並大抵でない苦しみに襲われているであろう事は分かる。それも、長い間。

「治療法はないのか?」

「今の技術力では無理だ。もしくは、昔に失われてしまった、のかも」

 痛みを堪えながら喋っている、ダルクロッサの手足から突然火が溢れ出した。彼自身の火だろうか。ミラが氷で封じようとするが、あっという間に気化してしまい効果がない。何度やっても、何度やっても。むしろ火の強さは増していき、ついにダルクロッサの全身へ燃え広がる。室内の環境維持設備は状況を火災と見なし、警報を鳴らし始める。天井から突然、大量の水が降り注ぐ。粒が方々へと跳ね返る音が、うるさいほど全身を叩く。蒸発した水分で、辺り一体が白い煙に包まれていく。


 駄目だ、消えない、ミラが悲鳴のような声を上げる。

 ハロルドは、心臓が大きく拍動するのを感じた。煙と緊張で、息が苦しい。彼が燃えてしまう。母と同じように。突然の異常事態に、ハロルドは震える手を伸ばす。



「触るな! 君に火が移ってしまう!」

 ダルクロッサが、今までにない大声を出した。動揺してしまったハロルドに、しっかり言葉が聞こえるように。だが声は苦しげに歪み、半ば獣のようだった。自らを飲み込もうとする狂炎を振り払い、一体の知性体として言葉を届けようとしている。

「でも……」

「言う事を聞け! 君ではきっと耐えられない!」

 悪い視界、舞い散る火の粉。雨の中、人影が燃えている。高級なスーツは既に焼け落ち、崩れていく仮面の奥から本当の姿が現れる。剥き出しになった角は、赤銅色をしていた。顔の微細は分からない。鮮やかな金色の瞳と、赤毛よりも赤い炎のような髪が、強烈な印象を心に刻みつける。ダルクロッサはすぐに、燃える両手で顔を覆った。響いたのは、恐ろしい唸り声。子どもの頃に聞いた事がある。なのに、初めて聞いた声である。今、ハロルドは知った。

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