研究員達の部屋は丸く、強固な壁で仕切られた部屋にぐるりと囲まれている。その中でダルクロッサは、目当てのものを見つける。透明な壁の向こうに横たわるのは、巨大な両刃剣。

淡い血の色をした刀身が不気味に発光しており、大きさは人の手に収まる規格ではない。これは、竜の持つ武器だ。ハロルド・フォーサイスが持ち込んだ、カニスマヨルの角を素材とした殺竜兵器。プロメテス最高峰の設備を以て、いよいよ仕上げの段階に入りつつある。


 ダルクロッサは周囲を見渡す。他にも同じような部屋があるようだが、空き部屋や関係いなさそうな部屋だ。いや、もうひとつ何か入っている部屋があった。視線を少し戻す。剣が納められている部屋の向かいには、ダルクロッサにとって意外な人影があった。

 透明な板の表面に両手を添え、こちら側を退屈そうに眺めている。全体的に薄紫色をしている女だ。いや、人間の女の形をした何か、と表現するのが正しい。菫色の髪と爪、竜に似た形状の外殻を身に纏った体。頭に紫色の角が二本生えている。こちらに気づいた彼女が顔を動かすと、長く細い尾も揺れるのだった。瞬きを必要としない黄金色の瞳が、妖しく光っている。

 周囲の人間は彼女を遠巻きにしていて、関わるのを恐れているようだった。あるいは、自分の仕事に熱中するのが優先で、邪魔さえされなければよしとしているのだ。彼女の方も研究員達に危害を加える気はない。実験物を収容する部屋に、大人しく入っているのが証拠だろう。女の奥には、厳重な拘束で縛られた紫竜本体がいる。竜にとって屈辱にもほどがあるだろうが、双方の安全のため自由に歩かせる訳にもいかない。このくらいしておかないと、対等ではないのだ。古代兵器である竜を前にして、人間はあまりにも無力だ。


 彼女が人間に危害を加えないならば、自動人形は排除しようとしない。三種族が同じ空間に立っているにしては、平和な状況だ。表面上は。彼女が何をしに来たのか不明だが、今の時点でも分かる事実がある。この作戦に竜帯の者が関与するのを、プロメテス自ら許可したという事だ。頭が痛い。

 ダルクロッサはプロメテスの方へ体を向けるが、そこにもう彼はいなかった。少し遠くで、別の研究員数人と話をしている。大きな声でも出さないと気がつかないだろう。ダルクロッサは観念して、紫竜と話してみる事にした。執事のライノは何かを察したようで、研究員達や主人の邪魔にならないよう扉周辺まで下がって行く。透明な壁一枚の隔たりがあるとはいえ、少なからずの警戒はあった。敵意と取られる行動を見せないよう歩み寄る。苦手な相手ではある。わざわざ諍いを起こすと面倒だ。

「どうして、君がここにいるのかな。デネブ」

「どうして、って。ただの社会見学ですよ。悪趣味仮面さん」

 ダルクロッサが接近するまで、デネブはその場を動かなかった。爪先のひとつも、指一本も動かさなかった。彼女なりに攻撃の意志がないと示しているのだろう。しかし言葉には棘があった。こういう態度を取られる心当たりは、決して少なくない。

「話をしよう。平和的に」

「安心してください。余計な事は言いませんよ。人間を殺しに来たとかでもありませんから」

「見れば分かるさ。もしそうなら、君はこんな深部まで入り込めていないだろう」

 紫色の竜デネブは、小さな笑い声を上げる。一転、つまらなそうな顔をして働く人間達を眺めはじめた。彼女にとって興味からの観察ではない。暇だから道端の昆虫に目をやるようなもので、どうせ人間など何とも思っていない。ダルクロッサは構わず次の質問を投げかける。

「誰と来た」

「女性型のプロメテス……ええと、二号です。彼女はオリョリキョーシツとやらの視察があると言って、すぐ帰ってしまいましたが。おかげで私は暇でしたよ。あなたが来るまで」

「お料理教室?」

「ええ、そうです」

 デネブは大真面目な顔をして頷いた。お料理教室が何なのかを、全く分かっていない可能性が高い。実は竜の社会には、未だに料理文化が存在しない。学校という仕組みもだ。教えてやるのは面倒だったので、ダルクロッサは適当な返事で流す。

「総司令は、カニスマヨルを生かしたまま連れ帰りたがっています。彼は大戦の英雄であり、総司令にとって戦友ですから」

「それは無理だ。あのざまを見ただろう」

「分かっています。だから私が、総司令の命で派遣された。あなた達を手伝うためにです。要請があれば働きますが、いらないなら一連の状況観察だけして帰ります」

「手伝う? 私を邪魔しに来たのでは?」

「もはやあなたは誰にも止められない。あなた自身にすらも……。希望通り見すごさないと、今度は何をしでかすか分かりませんからね」

 竜面の瞳と、紫竜の瞳と、ふたつの黄金が言葉にならない意思を交わす。デネブは小さく首を振り、向かいの部屋に鎮座する竜殺しの剣へと目を向けた。複雑な感情を抱えているだろう。懸念、あるいは苛立ち。人間が竜を倒す手段を手に入れつつある状況は、誇り高き真竜にとって冒涜的にさえ映るはずだ。

「確かに、カニスマヨルが悪事を働いたのは事実です。よりによって女王管理下の人間に手を出した。しかも、女王を怒らせるほど大量に。人間が自由に手に入らなくなるのは困ります。他の竜達だって、今後真竜を目指さなければなりませんから」

「そういう問題ではないと思うな」

「私はそういう問題だと思っていましたが」

「総司令もその考えなのかい?」

「事実のひとつとして、頭におありでしょうがね。個人的感情の方なんて、私が知る訳ないじゃないですか。本人に直接聞いてきたらどうです? おっと、でもその身体じゃ無理でしたね」

 デネブは真竜となってからまだ若いせいか、挑発的な態度が目立つ。竜の本能である闘争心を隠しもしないのだ。平和的に情報を得たいだけなのだが、だんだん億劫になってきた。気の滅入る会話は彼の望み通り、外部からの乱入によって終わらせられる事となる。



 ダルクロッサが言い返そうとするなり、右側から何かがぶつかってきた。柔らかく、背の小さい、暖かいものだ。人間である。アストラノーツ社の社員証をぶら下げた、眼鏡のアストラノーツ社社員だ。ぶつかるや否や謝罪もなく喋り出すので、正体を視覚的に確認しなくとも分かる。会話中の社長を押し退けられる人物など、このアストラノーツ社に一人しかいない。

すなわち兵器管理部部長、イリーナ・カセイノアリッツだ。

「なになにーデネブちゃん、めちゃくちゃ喋るじゃん。私はガン無視するのに」

 デネブは一瞬で、奥の壁まで後退していた。二人とも今日が初対面だったはずだが、カセイノアリッツはよほどの悪印象を刻んだらしい。彼女の表情筋が嫌な笑みを深めて行けば、黒渕眼鏡が怪しげな光を反射するのだった。

「来るな。変態。死ね。お前とは話さない」

「つ、冷たい……心が痛い……。君ィ美人な角をしているねその人型端末の色形姿最高のセンスだ隅々まで観察したい細胞ちょうだいついでに竜体も見せてどんな外殻構造なのちょっと削っていい? って言っただけなのにー。誉めたのにー」

 イリーナ・カセイノアリッツは、にやけ顔を崩さないまま一気に捲し立てた。到底傷ついているようには見えないし、そもそも彼女は他者に対して繊細になる感覚をさほど多く持ち合わせていない。聡明な彼女の事だから、何がまずい言動で何がそうでないかをしっかり分かっているだろう。要するに面白がっている。趣味が悪い。


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