第四節 ここは楽園ではない

 三人の男が、プロメテス中枢部へ下降するエレベーターに乗っている。主に要人にしか使用権限のない、特別なエレベーターだ。まず一人は、プロメテスの管理者にしてプロメテスそのものである。空中要塞プロメテスの中枢機人形にして、男性型自動人形。彼自身の美意識に基づいた、貴族服を着こなす端正な中年男だ。額には飾り文字で、一の数字が刻まれている。

 そして二人目は、アストラノーツ社社長、ダルクロッサ・フォン・メイ=レンツィオ。いつも通りの黒い高級スーツに黒手袋。竜を模した作り物に覆われた頭が異彩を放つ。一歩下がって控えるのは、アストラノーツ社社長執事のライノ。彼はどんな状況にも慣れたもので、澄ました顔の皺一本さえ必要以上に震わせない。

「それで、どうだったかな」

 乗って以来続いていた沈黙を、ダルクロッサが静かに破る。プロメテスに向けた言葉だ。

「今回お主らが持ち込んだ人類遺産、どれも価値が高いな。我が収蔵庫へ保管する必要がある。例によって、後でリストを作っておく。あの中からなら、何を持ち帰っても構わん」

「ありがとう」

「礼を言うのはこちらの方だ。何せ我らは、プロメテス内の管理だけで手一杯」

 プロメテスは言葉の最中、透明な板が張られた外を見やる。鉄骨が交差する隙間越しに広がるのは、彼と彼の民が守ってきた豊かな街並み。天には人工の球体が吊るされており、プロメテス内のあまねくを照らす。現在時刻は昼過ぎなので、この球体は大陽と同じ役目を果たしている。夕暮れには順に光度を落としていき、夜になると月へ変わる仕組みだ。それに合わせて、空の色も変えていくという。空だけでなく、街並みも、空気も、文化も。荒廃以前の世界環境を、計算の限りを尽くし模している。これがかつて、世界の普通だった。空中要塞プロメテスは、皮肉にも楽園と呼ばれている。古代人が生きた世界を表す名と同じだ。



 輝かしい楽園に真正面から対峙すれば、深い影が三人分落ちるのも必然だった。外の光が当たっては、素早く下へと流れて行く。結構な速度が出ているが、揺れも少なく快適なのでそれを感じさせない。

「女王め、余の製造より何百年も遅いくせしてすっかり人類の守護者顔だな。そもそも奴は、余がここに辿り着けなければ製造すらされなかった者。なのに敬意を払わず、人間と自動人形を単純に存続させる事しか頭にないときた。人間には文化が必要だ。あの頃の文化が。ただ種を絶やさないようにすればいい、というものでもない」

 楽園から射し込む光は、せり上がってきた壁の向こうへ消えた。暗闇を察知したエレベーターが、暖色系の光を点灯させ三人を照らす。ここから先は、プロメテスの中枢部だ。アストラノーツ号より何倍も大きい機関室などがある事だろう。ただ、今回の目的は違う場所だ。

「目覚めた人間達に古代語でなく別の言葉を与えたのも、自動人形による支配構造を用意に崩せぬようにするため。全く、余が奴より百年早く目を覚ましていれば……遥か昔とは言え、我ら三種族は敵を同じくして戦ったというのに……」

 ダルクロッサは水平に引き摺られる感覚を覚え、少しの間片足に力を込める。どうやら縦方向でなく、横方向にも移動可能らしい。ダルクロッサにとっては今や耳にたことなった、プロメテスの愚痴は続いている。

「真竜達の言葉にも、一切聞く耳を持たぬ様子。あれはもう宛てに……」

 プロメテスは突然言葉を切り上げ、虚空を見つめる。

「なるほど。この者が、お主の言っていた」

 他の人型端末からの情報が入ったのだろう。彼は体を三体持っている。口振りからするに、その一体がハロルド達に接触したのだ。

「余計な事は言わないでくれよ」

 ダルクロッサが釘を刺すと、プロメテスは愉快そうな声を出した。

「ここの歴史について、少々話してやるだけだ。それなら構わないだろう?」

 エレベーターの扉は開き、物々しい雰囲気の区画に到達する。プロメテスの執務室周辺と比べると、人通りも全くなくなってしまった。前に伸びる、ただ一本の通路。幾ばくかの心細ささを覚えながらも、プロメテスについて行くダルクロッサだった。靴底が床に当たる音が、やけに大きく聞こえる。



 突き当たりは行き止まりで、分厚い扉がひとつ立ちはだかっていた。建造物の扉と言えば、古代からその殆どが自動だ。これは凹凸が噛み合っている構造をしている。表面には古代文字と数字の六が赤色で刻まれていた。人間の胸くらいの位置に、手のひら大の四角い物体が嵌め込まれている。ダルクロッサはこの種の扉を知っている。扉に認められた者しか開けない扉、というやつだ。街や飛空艦の中枢にそういった構造物があるのは知っていたし、冒険物語では感動的な演出を伴って開かれる。あるいは仕事をする中で、この類の古びた扉の報告が上がる時もあった。

 プロメテスは躊躇いもせず、壁に備えつけられた四角い板に掌を当てる。すると簡単に扉が開き、向こう側が顔を覗かせるのだった。手を当てるだけで開く。あまりにも謎過ぎた。分かるのは彼が扉に認められた者であり、ダルクロッサは認められていないという事実だけだ。

「境界を跨ぐ時、私だけ光の刃で焼き殺されたりしないだろうか」

「安心するといい。人間の冒険物語に出てくるような、悪趣味な扉ではないぞ。これはな」

 堂々たる足取りで入室していくプロメテスだった。ダルクロッサもまずは片足を入れてみるが、彼の言った通り扉に攻撃される事はなかった。もちろん、ライノも安全に通過した。



 最後の扉を任されているという自動人形は、右側の壁にいた。簡略的な人間の顔を刻んだ面が、壁に張りついている。何とも単純で気の抜ける造形だが、光の角度によっては不気味さが覗く。彼が守るのは、壁いっぱいの高さと幅を持つ黒い扉だ。表面には危険を連想させる何らかの刻印。右上には赤色で、六という文字だ。扉に認められた者しか開けない扉、第二段。

 扉番の自動人形は、長い首を伸ばしてこちらに顔を近づける。微かに唸る金属音を伴って。彼は頭部と首は持っていたが、胴体と手足がなかった。首から下が全部壁に埋まっているのだとしたら、かわいそうな事だとダルクロッサは考える。ここで通行人を見張るだけの生など、退屈ではないのだろうか。もっとも自動人形というものは本来、己の役柄を不満に思ったりするほど個の強い種族ではないと言われる。全体主義的な傾向が強いのだ。それを思えばプロメテスやセドリックは自由人だし、自動人形の中ではかなりの変人に当たる。

 扉番の自動人形は、黙ってこちらの様子を窺っている。プロメテスが声をかけると、すぐにその方を向いた。

「こんにちは、扉番六号殿。体調はいかがか?」

 長方形にうっすら開いた口から、淡々とした男の声が聞こえてくる。

「重大な、問題は 検出、されていません」

「それはよかった」

「要求 暗証番号、の 入力」

 プロメテスは扉番にしか聞こえない声で、順に古代語と数字の羅列を入力していく。その時間、数秒。

「承認」

 意外と大きい振動音に包まれて、少し身構えてしまうダルクロッサである。ゆっくりと開いた扉の向こうは、白を基調とした明るい部屋だ。白衣を着た人間達が歩き回っている。その間を縫って器具を運ぶのは、作業補助用の自動人形だ。目がひとつだけという個性的な頭部を持ち、四つ足で、物を乗せられるように背中は平たい。これが何体もいる。機械に貼りついて作業に集中している人間の姿も見られた。


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