仲間を殺した者の息子を仲間にする。半分人間ではない者の面倒を見る。しかも、それを隠していなければならない。そういう指示をされたら、怖い。自分だったら、何事もないように振る舞える自信がない。だがこの飛空艦は、アストラノーツ社は。大なり小なりややこしいものを抱える者達が、互いに助け合って生きている。それなりの平和を維持するためには、一人一人が意識しなければいけないだろう。怖がっている場合ではない。目的を同じくするこの飛空艦は、変わらずハロルドを受け入れていてくれるのだから。

「とりあえず、ホテルに向かうのはどうですか。宿泊手続きをして、何か食べましょう」

 知らない内に、沈んだ顔になっていたらしい。スーニヤが気遣ってくれる。

「給料まだ出てないですよね。今回は持ちますよ」

「ありがとう」

 彼の提案に、ハロルドは感謝した。

「外へ行くなら、制服じゃない服にした方がいいかな」

「プロメテス内部においては、問題ありません。この街での社の印象は、概ね好意的です」

 新しい景色を見たりすれば気晴らしになるし、ミラの刺激にもなるだろう。ミラの方を見て意見を聞けば、一言任せると言った。彼女の言動が大人になってしまったようで、頼もしくもあり、少し寂しくもある。言われる前に、ミラは船渠で被っていたのと同じ帽子を出現させた。

「角はまた隠した方がいいだろう?」

「そうしてください」

 目的地は決まった。まずは、アストラノーツ号から出る必要がある。二人が歩き出せば、ミラも後をついて来る。この暇にハロルドは、スーニヤに社長室で任務について聞いたと話しておく。口止めはされなかったのだから、退室後の行動は自由だ。想定の範囲内だったが、スーニヤは既に知っていた。そして、ハロルド入隊の二日前に全員が集められ、同じ内容を知らされていたと話したのだった。

「皆して黙ってたなんて、酷いよな。でも、君達を責めるつもりはないよ。社長が命令してたんだから、諸悪の根源は社長なんだ。何でいい歳して、あんな変な仮面被ってるんだろうな。それに凄く気障だし」

 鬼のいないところで笑い飛ばすハロルドだったが、半ば空元気だった。すぐに立ち直れと言われても、無理な話だ。体だけでも歩けるだけマシだろう。それを知ってか知らずか、スーニヤは涼しい顔で言い放つ。

「ここはアストラノーツ号の中ですから、中枢機人形達が全てを聞いていますけど」

「先に言ってくれ」

「冗談です。聞こえていても、彼らはそんな事で言いつけたりしません。それに、社長は心の狭い人ではありませんから」

 たちまち渋い顔になるハロルドだった。頭が固そうに見えていたが、冗談ですなどと言うとは意外だ。眼鏡をかけているから、それに関する先入観もあったのだろう。ハロルドは首を横に降った。また、自分に気を遣ってくれたのかもしれない。

「あの方の仮面については、誰も真実を知らないんじゃないでしょうか」

「そうなのか。ライノさんは?」

「彼なら知っているかもしれません。何も話してはくれませんが……。あともしかしたら、セドリック先生も。社長と仲がいいので」

 外への扉はもうすぐだ。スーニヤがさっさと出て行くのが見えた。置いていかれないよう歩みを早めた直後、彼の背にぶつかりそうになってしまう。一拍置いて、ミラが自分の背中に衝突した。スーニヤは何故、開いた扉をそのままにして立ち止まっているのだろうか。彼の肩越しに前を見ると、タラップの手摺にアミスが寄りかかっている。偶然を装って待ち構えていたように見えた。またしても、うっかり渋い顔になるハロルドである。アミスが自分に関する文句を言っていた、と聞いた後では気まずい。ハロルドの内心を知らないアミスは、こちらを見るなり単純な不満を口にする。

「何だその顔は」

「何でいるんだろうこの人。何でいるんだろう」

「新入りがまた何か仕出かさないかを、見張るためだ。僕は社長から第一騎竜小隊を預かっている。隊員の面倒を見るのは、隊長の役目だろうが」

「ああ。アミスも一緒に、外へ遊びに行きたいんですね」

 すかさずスーニヤが茶々を入れる。いや、あれは茶々だったのだろうか。彼の動作はいつも平淡なので、からかうつもりで言っているのか、本気で言っているのか分かりづらい。

「お前達の事だからどうせ昼もまだ……違う。そうじゃない。僕の話を聞いてなかったのか?」



 船渠からエレベーターに乗り、ひたすら上へ昇る。そうすれば、プロメテスの街中に入れるのだ。ここのボタンも古代語で何か書かれてあり、下に現代語が後から貼りつけられている。アストラノーツ号と同じだ。注目すべき点は、昇降目的以外の遊び心が用いられた構造だ。

 このエレベーターは大きな窓がついており、内部の様子を見られるようになっていた。階を越える毎に風景が変わり、人々の活動が窓の向こうに現れる。今までハロルドが抱えていた憂鬱な気分を、一旦遠くへ吹き飛ばすに十分だった。ハロルドはつい、落ち着きなく外を観察してしまう。死の地上を彷徨っていた時は、空中要塞に来られるとは思いもしなかった。見られるなら色々なものを見ておきたい。ミラもまた窓に張りつき、四方八方に興味を向けている。出会った頃ほど奔放な振る舞いはしないが、興奮しているのがハロルドにも伝わってくる。

 一方アミスとスーニヤは、二人が違うボタンを押さないよう見張ったり、田舎者丸出しの質問に答えたりするのに忙しい。アストラノーツ社はプロメテス空中要塞と馴染みだから、二人は何度か来た事があるのだ。恥ずかしい言動をやるなよ、とアミスが釘を刺してきたが、確約はできない。田舎者とはそういうものだ。


 扉が開けば、いよいよ街中である。今回四人が降り立つ階層は、中層三階。壁に描かれた簡易地図によれば、主に居住区と小さな公園、そして第二繁華街がある。アストラノーツ社社員が泊まるホテルも、第二繁華街のどこかにあるはずだ。

「ちょっと聞きたいんだけど」

 ハロルドは、先に降りた二人に話しかける。今更聞くのは恥ずかしいが、このまま知らないふりをして恥ずかしい失敗をするよりましだろう。

「ホテルって、何?」

 言うなり、ミラが寄って来る。やはり彼女も気になっていたらしい。暫しの沈黙の後で、スーニヤが答える。

「もしかして、ご存じないですか。高級宿泊施設です」

「聖国の上層にあるやつみたいな?」

「聖国の上層階級が住むほどではないでしょうが、いいところですよ」

 空中要塞プロメテスでは、高級宿泊施設に庶民も泊まれるらしい。庶民用の高級宿泊施設とは、どんな施設なのか想像ができない。考えていれば、得意気な顔をするアミスが目に入る。

「お前は目撃する事になる。艦員食でも階級食でもない、生活質の高い食事を……」

「生活質の高い食事!」

「せーかつしつの高いって何だ?」

 アミスは何故か、自分の事でもないのに鼻高々である。ハロルドとミラは、ほぼ同時に同じ単語を復唱した。

「そしてなんと、浸かれる風呂がある。お前、入った事ないだろう」

「浸かれる風呂!」

「浸かれる風呂だと!」

 そんなに沢山のお湯がある光景など、今まで見た事がない。この世界において、水は貴重なものだ。庶民はせいぜい上から軽く流すか、タオルにお湯か水を含ませて身体を拭くかだ。

「古代の物語では、ホテルという建造物は特別な舞台になってますね。心霊現象とか、殺人事件が起こったりするんです」

「何だそれ、おっかないなあ」


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