「それで、本題だが。カニスマヨルを倒す事で、君の名誉挽回とするのはどうかね」

「俺にできますか?」

「問題ない。我々上層部には考えがある。君が持っていたあの剣に細工をするという、ね。実は君が特殊な人間であると判明した直後から、カセイ君が特効武器の開発を始めている」

 ミラがハロルドの横顔を見た。視線を感じて、ハロルドは彼女に顔を向ける。彼女はどう思っただろうか。ハロルドの心境を理解し、今度はミラが社長に対峙する。

「プロメテスに来た第一の目的は、元々決まっていたその作戦のためであって、食堂を修理するため仕方なく寄ったのではない、という事か」

 その通り、と竜面が縦に動く。あまり気に病む必要はなさそうだぞ、とミラが言う。彼らは最初からハロルドを利用する気でいたし、ハロルドはカニスマヨルに近づくために社に入った。先回りでまとめて状況を利用されてしまったのが、何とも切ないところだが。大抵において、一個人は組織立って動くものには勝てない。ただ、最終目的は同じだ。組織の頂点が味方だと非常に強い。

「奴の中には、今や破壊衝動と食欲しかない。それを制御する自我や理性が残っていないのだ。竜帯に還る事なく、他の竜までをも喰らう。無計画に力を求め、肥大化し続ける化物だ」

 ダルクロッサが言葉を終えたちょうどその時、ライノがお茶を持ってきた。湯気の立つカップを三つ、順に置いて行く。社長の前、ハロルドの前、そしてミラの前。ハロルドは、彼女から伝わって来るとある感情に気づいた。ミラも個人として数えられている状況に喜んでいる。確かに、以前はそんな扱いを受けなかった。二人はそれぞれ口をつけるのだが、ダルクロッサは今回も見ているだけだ。彼はいつもこんな調子なのだろうか。

「社長、飲まないんですか」

「ここだけの話。実はこの仮面は、昔見つけた古代の遺物でね。扱う手順を間違えて以来、呪われてしまって外せないのだよ」

 嘘か本当か分からない。ハロルドが返事に困っていると、ダルクロッサは首を横に傾けた。そして、黒手袋に包まれた両の掌をこちらへ見せる。

「嘘」

 嘘だった。


 何とも言えない表情になるハロルドだったが、ミラは神妙な顔をしている。これ以上なく彼女の神経組織がひりついているのを、ハロルドは身体の内側で感じた。懸念の正体はもちろん、仮面の呪いの件ではない。

「カニスマヨルは、あの状態で何年稼働し続けている?」

「少なくとも、十年以上」

「奴は、欠けた己の角を取り戻すのに執着しているようだな。プロメテスを囮にして、要塞装備を使い迎え討つつもりか」

 彼は竜面の奥で感嘆の息を漏らした。以前のミラからは出そうにない質問が、次々飛び出す。

「その通りだ。今は魔霧結界で雲隠れした状態だが、一度結界を解けば、奴に捕捉されるのも時間の問題だ」

「カニスマヨルの力はどれだけか、判明しているか?」

「竜体に対する魔素内包度は、通常のおおよそ十倍弱。だが、こちら側からの観測データを使った想定数値だね」

 ミラは少し黙ったが、すぐに話を再開する。ハロルドは聞きながら、なるべく静かに紅茶を啜った。古代語や難しい言葉が多く、殆ど頭に入って来ない。

「満たされる事のない破壊衝動と食欲か。長らく満足に摂取できなかっただろうから、吊り餌には喜んで食いついてくるだろう。プロメテス公爵とやらは納得しているのか?」

「手に入れたカニスマヨルの角で対抗武器を作れる。公爵にそう提案したら、むしろそれしかないと。今後プロメテスが狙われる可能性もあるからね」

 やはりミラの雰囲気が変わった。恐らく、地上でデネブと出会ってから、プロメテスに到着するまでの間に。確かに状況は目まぐるしく動いたし、新しく得た情報も複数ある。刺激が多過ぎたくらいだ。ハロルドは驚きのあまり、彼女の横顔ばかり見てしまっている。いつの間にか大人びたような形をしている、額から鼻筋にかけて。黄金の瞳には落ち着きが宿っていた。出会った時は子どものような言動ばかりだった彼女が、今まさに言葉で社長と渡り合っている。喋り方もそうだし、考えている内容もハロルドと同等かそれ以上に見えた。

 いや成長ではない。ミラ自身も気づいているはずだ。ミラは事故で初期化しただけだと、確かデネブも言っていた。彼女は本来の自分を取り戻しつつあるのではないか。ハロルドは気を取り直して、質問をする。

「そうだ、女王は。女王は援軍をくれないんですか?」

「プロメテス公爵は最上位人形だから、女王と同等の立場ではある。だが女王には聖国を守護する以外に戦力と思考を割く意思はないと、はっきり返答があったそうだ」

「プロメテスの住人は反社会的な者が多いと聞いた。良からぬ輩との付き合いもあるだろう。女王からすれば、助けてやる義理はないな」

 ミラが言う。社長は頷く。我々で何とかするしかない。

「カニスマヨルの角を持ち歩いていて、今まで平気だったと聞いている。ハロルド君以上の適役があるかね?」

 ハロルドは考える。確かに自分には、替えのきかない適正があるのだろう。同じような人間を他から探して来ようにも、滅多に見つかりそうにない。人間と竜の間に、奇跡的に産まれた存在など。今まで剣として持ち歩いていたカニスマヨルの角を、平然と取り扱えていたのが引っ掛かる。切り離された角がハロルドに牙を剥かなかったのは、恐らく角自身と体組織が似ているからだ。信じたくないが、もしかすると。まだ、誰も何も言わないが。

「やっぱり、俺はカニスマヨルの……」

 言い淀むハロルドに、ダルクロッサはきっぱりと望む答えを返す。

「そうだ。もう気づいているね。君とカニスマヨルは、血の繋がりがある」

 全ての理由が合致した。村が襲われ妹が攫われた事も、自分が竜の角を折るほどの力を発揮した事も、それを持ち歩いて平気だった事も。社長がハロルドを引き入れるのに熱心だった事も、アミスが初対面で複雑な態度を取った事も。


 だが、自分とダルクロッサの利害は今も一致している。これ以上、カニスマヨルの被害者を増やしてはいけないのも事実だ。放っておく訳にはいかないし、なるべく早く決着をつける必要もある。またいつか、故郷の村のような大規模事件が起こるかも分からない。妹はどのような体験をし、今どこにいるのだろうか。カニスマヨルの核に触れられれば、真相も分かるはずだ。

「でも、俺の父親だとしても、奴は倒さなければならないと思ってます。会話や力の制御ができる理性が残っていないなら、なおの事です。大切なものを奪われるのは、もうごめんだ。あんな目に会う人を、これ以上増やしちゃ駄目だ」

「それを聞いて、安心したよ」

 社長は背凭れに身体を預ける。微笑んでいるかのような、優しい声だった。

「今まで説明できなくて、本当にすまなかったね。初対面の人間達から言われて、納得できる内容とは、到底思えなかったものだから」

「いえ……」

「君の持ち物や能力が、我が社に必要だったのは事実だ。だが、忘れないで欲しい。君という一人の人を助けたいと思ったのも。それもまた、真実のひとつだという事を。我らがアステラス号は、助けを求める孤独な者を決して見捨てはしないのだから」

 初めて出会った時、ダルクロッサは言っていた。孤独の辛さを知っていると。自分と同じような孤独な者を受け入れ、共に生きるためにこの組織を作ったと。信念を向ける対象に、ハロルドも含まれている。人間としての自分自身は重要ではないのではないかと考えていた事を、少しばかり恥じた。ハロルドは、真っ直ぐにダルクロッサを見つめる。

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