六十八の節 馬車は、愛の伝道師を乗せて走り行く。 その二




 天気こそ空気も冷えた冬の鈍色にびいろ。だが、テフリタ・ノノメキ都市から北西に伸びるラスイテ街道は、黒い石畳で舗装され快走と言えた。

 代わりに、馬車の車輪や、騎馬の蹄鉄の音が存在感を盛に盛った騒音の多重奏を撒き散らす。


「野ウサギが目立つな。もしかすると、カネル君主都市陣営から飛び出している奴らか?」


 璜準コウジュン達が乗る馬車の硝子ガラス窓の外の風景は、休耕地となっているカマイさんとアービィさんの畑に差し掛かる。緑の雑草と、枯れたトウモロコシの淡い卵色の間には、色取り取りの無数の生きた毛玉が点在していた。


「半年前、カネル君主都市へと続くこの街道は、スーヤ大陸から同族のカネル君主都市を頼る、ラヴィン・トット族で構成される列で繋がっていました」


 当時を語るヴァリーの視線は、璜準コウジュンと同じ風景を流す窓の外を向いていた。


「臆病だが、さとく先見がある種族です。何かあると踏んでいたら、スーヤ大陸の主要三都市が壊滅ですよ」


 静かに、自身の意見を語り出したヴァリーの動きを止める者はいない。


「今までは良かった。人や物の流れは、過不足のない商業要員と、暇と金銭を持て余した連中が観光や食事を味わう程度でしたからね」


 窓の外を眺めていた璜準コウジュン青い月アオイツキと同じ色をした視線が、今日ばかりは髭を当てて本来の白皙の肌を披露しているヴァリーに移る。


「そのうち、このラヴィン・トット族の列は別種族に代わり、カヤナ大陸の主要都市に押し寄せて来る可能性がある。その時、我々は何を選択させられるのかと、ぼんやり覚悟しておりました」


 メイケイとウンケイも、ヴァリーの語りを邪魔せず見守っている。


「カネル君主都市の姿は、未来のテフリタ・ノノメキ都市だと、今は言い切れます。かんですけどね」


 ヴァリーは青い帽子を浮かせ、灰色の髪を掻き上げて被り直す。軍人の告白を俯瞰的ふかんてきに想像したのか、それは照れ隠しのようにも見えた。


 ヴァリーの話しが一段落した事を見計らうように、異変が起きる。


 音量と少々の土埃は譲歩したとして、整然と並足で行進していた隊列が前方から詰まるように停止した。


 全体が停止した途端、前方から立つ一斉射撃の音が長閑のどかな騎行をさえぎる。


「何事だ! 報告しろ!」


 ヴァリーが素早く馬車から降り扉を固く閉じた後、良く通る声で情報を要求した。同時に、銃に紙包火薬と弾を前装し、発砲準備を整えていた。その間に、伝令役の騎馬が前方からの伝言を後方へと渡す。


「先鋒隊の旗持ちの貴族役立たず、街道や周辺の休耕地に群れていたに向かって銃と眞導マドウを放ちよった!」


 交渉材料でもある、ニアミノフ騎士団長とフォービィ副参謀長を乗せる護送馬車を護衛していたインゴが、青鹿毛の愛馬を駆ってヴァリーに報告した。


「あ~ぁ、。インゴ、ここ頼んだ。止めさせて来る」


「一人で大丈夫と?」


「オラっちが戻って来なけりゃ、この馬車に乗ってる方々が代わりに何とかしてくれるだろうよ」


 インゴは勝手が分かっているように愛馬から降り、迷う様子も見せず手綱をヴァリーに譲った。そのままインゴの青鹿毛に騎乗したヴァリーは、その首筋を叩きながら無責任な笑みを浮かべ、今も発砲音が絶えない隊列前方へ向けて走らせた。




 ◇◆◇




「お待たせしました。道中、その、お心を痛める風景があると存じますが、どうぞお許しください」


璜準コウジュンの心情を無視するような言い方をすれば、。と、言う所かな」


 再び馬車の人となったヴァリーは、早々に謝罪を述べた。その言葉を受けるアラームが発した不明瞭な言葉に対し、不粋な質問を用意し、怪訝けげんな表情を浮かべる者は、この不自然な白の世界が満ちる馬車内にはいなかった。


 詰まりは、傲慢を伴う承認欲求と虚栄心に飾られた貴族の判断は、利用される要因を提供してしまった事を意味している。


「お察しの通り、被害を受けたのは。この先に陣を張る、カネル君主都市の眷属ケンゾクです」


 野ウサギ達の役割。それは、交渉相手の性質を考慮した上で、平和的な交渉を臨んだカネル君主都市の眷属ケンゾクを、先勝側の一方的な蹂躙じゅうりんを被ったと言える譲歩材料。

 もしくは、手を出されないまでも、カネル君主都市が抱える象徴でもあると言えるものだった。


「形式にこだわるばかりに犠牲が増えるってのは、どこの世界にもあるよな。ご指名だったアラームと雪河セツカと、俺達〝無色人〟に向かわせりゃ良かったものを」


 薄れ始めた二日酔いとは違う不快感に、璜準コウジュンの表情は苦々しく染め上げられているように発言する。


 この事実は、昨夕の晩餐が佳境に入り掛けた頃合いに、トの七号トノナナゴウへ飛び込んで来たカネル君主都市陣営の使者がもたらした書面に記載されていたものだ。


 無言を通していたアラームは、後ろから前へ流れる振動を付加される風景に頭巾フーザの開放部分を向けると、釣られて雪河セツカもアラームと同じ向き、同じ風景を視界に入れているようだった。


 そこに広がる光景は、肉にも毛皮にも出来ない、惨たらしい姿に変わり果ててしまった野ウサギ達が、隊士達の手によって街道脇に寄せられているものだ。


「我々が責任を持って、手厚く葬っておきます。今暫くのご容赦を」


 アラーム達と同じく、進行方向とは逆の席に着いていたヴァリーは、その気配を察したのか手厚い事後処理の予定を伝えた。


 硝子ガラス窓の外を眺めていた璜準コウジュンが視線を馬車内に戻す。


 つい昨日、戦場となっていたカマイさんとアービィさんの畑の一角には、親子連れを思わせる目の周りが白く茶色の野ウサギ達が、五体を留めず千々となって寄り添い息絶えていた。





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