六十九の節 自由を語りたがっている伝道師は、目的地で下車する。 その一




 広大なカマイさんとアービィさんの休耕地と、秋から冬にかけて吹き荒れる突風から一帯を守ってくれる防風林。小規模な村落を思わせる従業員家族の仮住まい区画。


 進行方向の右側に遠くに望む、急峻きゅうしゅんなシジエラルフ山脈を視界に入れながら牧歌的なラスイテ街道を更に進むと、開けた枯れ草色の地面に白い生地に包まれた肉詰めの蒸し饅頭まんじゅうが点在する。


 蒸し饅頭まんじゅうの正体は、カネル君主都市陣営の移動式天幕群だった。ほぼ中央には、一際ひときわ大規模な天幕が張られ、集団の中で最も高位で重要な人物が使用している事は明白だ。


「捕虜の受け渡し、受け入れ状の署名と締結状の交換は、こちらのじんで行います」


 カネル君主都市の色でもある、照柿色てりがきいろと白で構成される非武装制服の役人達が、うやうやしく一行いっこうを案内する。

 意外にも、ラヴィン・トット族とは違い、ハニィ達のようなネウ種のモモト族が案内役だった。


 カネル君主都市は、元よりロップス氏族クランによる単一氏族クラン構成ではなく、肌も毛並みも色も、身体の大きさも多様な複合氏族クランなのだ。


 案内を受けたのは、白い全身板金フルプレートアーマーで先導をしていた一団のヒト族の代表者。従者の手を借りて装備の一部を解き、長い時間を掛け席へ着いた。


「市警隊中央第一部隊隊長殿、署名はこちらです」


「わ、分かっている! こんな所まで出しゃばるな、身の程を知れ! チェーザリー夫人の〝お気に入り〟と言うだけの分際で調子に乗るなよ」


 テフリタ・ノノメキ都市の中にあって、ヴァリーが方々の便宜べんぎを払えた理由。心ない人々が表立ち、あるいは陰口を叩く通り〝チェーザリー夫人のお気に入り〟。

 それは、優秀な処世術を証明してしまったヴァリーの不名誉な肩書きと言えた。


 先程から手続きが停滞するくらいに、手取り足取り状態の名ばかり代表者を見かねて誘導をしたヴァリーだったが、目出度めでたく陣から追い出された。


 訪問者側であるテフリタ・ノノメキ都市の即席使節団は、街道脇に馬や馬車を寄せる。人員は与えられている役割を自ら進んで行う一団がいれば、またもや手取り足取り案内されながら形式の段取りすら危うげな一団もいる。


 今回の混乱処理の確認と双方の約定書の交換は、例の大型天幕ではなかった。簡易的な式台と、じんと呼ばれる天井がない四方の幕が外部との境界を仕切っている。

 この陣を囲う幕や、天幕は外洋航海にも使用される丈夫な帆布はんぷで作られていた。


 トンビの声が高く響く。


「ウサギ達を、次の生命が引き継いでくれたのでしょう。あのトンビは、トの七号トノナナゴウ杜の台モリノウテナです」


 ななフース(約、二一〇にひゃくじゅうセンチメートル)を超える長身に見合った雄々しい低音のインゴの声に反応した者達は、姿こそ見えないがトンビの声がする方向へ、それぞれの思いを抱え、それぞれの視線を向けているようだった。


 杜の台モリノウテナとは、それぞれの人工丘陵に最初に居着いた獣を、御守役オマモリヤクと定めた対象を示す。季節の祭りや、儀礼には欠かせない存在でもある。


トンビの声には、反応してしまうな。遠くまで通る善い声だ」


「我には及ばぬのは至極当然なれど、アラームが言うのなら少しは認めてやろう」


 適当な位置で下車したアラームの定位置で、雪河セツカトンビに向かって敵対心をにじませているような発言をしていた。


トンビなんざ、ウサギさん達の敵じゃねぇか。コレだけ居れば襲われ放題になってしまいそうで心配だ」


 足元の薄い茶色のウサギに、どこから調達してきたのか葉野菜の切れ端を与えていた璜準コウジュンが心配そうに地面に向かってつぶやいた。


 メイケイとウンケイは、同じオルセット族のターヤと情報交換と世間話をしながら周囲に気配を散らせている。


 ヴァリーと合流したラフイとハイナ・アレハは、手際の悪い、使節団の一部と揉めていた。


 別の馬車に乗っていた、絽候ロコウ、カーダー、レイスと白梟フクロウのイングリッド、ベリザリオも近辺で談笑中。


 ハニィ、シシィは借りていた栗毛の馬を所定の位置に留め終えていた。


 先日再会したハドとリルカナは、この現場への同行を強く希望したキサラメを引き止める役目を負うため、テフリタ・ノノメキ都市へと戻っている。

 もう一つの理由としては、トテア・エルカ達を中心としたザファイレル移住組が、テフリタ・ノノメキ都市へ向かっているとの知らせを受けた事に加え、脱落していたクリラの同族をまとめ上げ待機するためだった。


 ハド達の世話役には、ビルジの二つ名を持つエメルトが引き継いだ。


 花形の使節団とは別行動の上に、あきらかな異彩を放つ一団と化している一帯に、小さな影が近付いた。


「皆様、ようこそなのです。形式だけのお遊戯会の会場ではなく、我が主の元へ案内しますなのです」


 真の使節団本隊と見当てたのは、カネル君主都市の軍属を示す女性制服を着用する、垂れ耳型のラヴィン・トット族。その一団を差した声は、澄んだ鈴の音を思わせる若い女性の声だった。





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