六十の節 無い腹の探り合い。 その五




 ヴァリー達は広間から移動する前、帰参したハニィとシシィが軽く交渉現場での出来事に関する報告している場面を共有していた。

 そこで得た情報を、ベリザリオは使者と軍使の発言内容の違いを並べていたのだ。


「確かに言ってたな。カネル様が、の無色人主義に影響されたとしたら最悪だ」


 今にも床に反吐へどを捨てる寸前のような表情を作りながら、ヴァリーは胡麻塩柄の毛皮が敷かれている自身の椅子に座った。


「それにしたって、大した問題じゃないな。決定権はウサギの軍使が持っていた可能性もある。現に、ウサギの軍使はアラーム殿を気に入った様子だったし」


 温室育ちそのものを思わせるベリザリオ表情には、それでも納得出来ていないと言わんばかりの苦渋が浮かんでいる。


「例えばだ、おかみさん」


 呼ばれたのは、クマ種オルセット族の女性隊士。本名はターヤ・トルネンと言い、年嵩としかさと物腰と面倒見の良さから由来する。


「オラっちが、おかみさんが確保している干し柿入り羊羹を盗み食いしたらどうする?」


「吊して吐かせて、殺してから買いに行かせるわ。期間・数量限定なのよ。当たり前じゃない」


 口調も穏やかに満面の笑みで、ターヤは即答する。誰も彼女に、理不尽かつ不可能な要求に論究ろんきゅうを突きつけられない空気を醸し出していた。


「ほ、ほら、要するに種族保存本能は、食う! 寝る! 遊ぶ! これが支えてるって事だ。性欲が強い事で有名なウサギちゃんは、使命を忘れて本心が溢れたとしても不思議はないと思うんだよ」


 この場には、ウサギ種でもある女性隊士がいた。彼女はラフイ・ストリッド・テルケ。ヴァリーからはと呼ばれていた。

 そのラフイの眼光が鋭くなったとの印象は、気のせいではないと感想を持った仲間がいた事だろう。


「私達から、取って置きの情報をくれてやろう」


 引き続き、ラフイは気を取り直し発言の用意をする息を立てた。


「とんがり帽子の男児、長身の黒装束と白装束、シェス人が連れていた白いフクロウは、人間でもなければ生き物ですらない。心の臓の拍動、血の巡りの音、呼吸する音がない」


「それぞれが全く独立した生命のようだわ。特に、黒装束のアラーム殿だったかしら。ラフイが並べた方々の誰とも感覚が符合しないの。でも、とてもい匂いよ。お花より樹木、そうね不滅の代名詞でもあるヒノキに近いかしら。それでいて、声の芯には最上級のヘイゼル油に似た匂いと色。その響きは白いもやに包まれているかのよう」


 察知した衝撃的な事実を、詩的に表した共感覚を報告に込めて、ターヤは薄く白い息を余韻のように漂わせた。


「このような事が分かってしまうとは、互いに歳は取りたくないものだな」


「恐い真実まで知っちゃう事だってあるものね」


 顔を見合わせながら、ラフイとターヤは軽い冗談を語っているかのような言い方で仲間に伝える。

 これが、カヤナ大陸の眞素マソ巡りが異質である証明の一つだった。経験や個々に性質の相性が合えば、発現する効力の差は時に常軌を逸した超感覚を与える。


「内臓が、無いぞう。で、御座るな」


「な~る。そこで考えよんさる事も腹がないっちゃ、分からんもん」


 ハイナ・アレハとインゴが、納得の笑いに息を変えようとした時だった。


「二人とも、ねじって引き抜かれたいの?」


 ターヤが、目的のモノを想定した空間を空けた右の拳を半回転すると、勢い良く下ろす。

 隣のラフイは、世界中の愚行を集めた光景を見ているかのような、心底見下した表情を可愛いウサギ顔に貼り付けた。


 女性陣の氷に似た針を含む言葉に失言を認めた二人は、次なる説明の場を返却する。


「ヴァリーよ。我々の発言を聞いた上で、まだあの一行を信用するのか?」


 堂々と上官を呼び捨て確認するラフイの茶色のつぶらな瞳には、可愛かわいいだけではない厳しい選択を突き付けているように思われた。


「信じる。かんだけどな」


 根拠のない勢いのある自信は不敵な笑みを描き、無精髭がつられて形作った。


「本当は、言いながらぼんも腑に落とし始めているんでしょう? 怪しいも混ざっているけれど、あの人達は本物だって」


 柔らかく低い位置からターヤに指摘されたベリザリオは、両手を挙げ観念した事を表現する仕草で返した。

 仲間に見透かされていた恥を覆い隠すように、ベリザリオは続ける。


「着ている物も普通ではありませんからね。長身で白黒の方々の全身は、ドルルフ族が手掛けたよそおいです。欲しがる方によっては、支払いに上限を付けませんよ。現状を考慮すれば、当然でしょうね」


 ベリザリオは、生まれ育った特質を生かした視点を述べ終えると、備え付けの掛け棚へ向かい何かを掴み取った。


「バスカのオヤジ殿の元へ、報告に行くのでしょう?」


 言いながらベリザリオは、ヴァリーの外出用の外套がいとうを差し出した。


ぼんも来るんだよ。バスカのオヤジ殿は、例の件でピリ付いている。恐いから、お前は緩衝材かんしょうざいになってくれ」


 受け取った外套がいとうに袖を通しながら、ヴァリーは抜けた笑顔を見せる。


「インゴ、後は頼む」


「早う、お帰りんさいや」


 ヴァリーと付き合いも長いインゴは指示を受け取った。その薄墨色の顔面には、腹の中で無事を確信するかのような笑いしわを、いくつも線を走らせた。


 それぞれが、それぞれの役目を見付け、素早く無言で動き出す。


 勢いだけで、根拠もない勘だと言い張る者と、生命としての器官もない者が、果たして互いが持つ真実を確認し、答え合わせに至るのか。それは、翌日の結果に持ち越される事になった。





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