五十九の節 無い腹の探り合い。 その四




「ううっ、今朝は冷えるってのにこっちの部屋は火の気なしかよ。ここ、上官のオラっちの部屋なのに」


 淡く白い息を散らしながら不満を言うのは、一室の持ち主であるヴァリーだった。


 騒動の中心となった広間は客人達と、ビルジもといエメルトに預け、ヴァリーとその腹心は冷え冷えとした上官室に次々と収まった。


「申し訳御座ござらん」


 先程ハニィとシシィを案内していたヒト族が、堅苦しい一言だけを返した。本来の役割を果たせなかった事実に対し、謝罪している事が窺える。


「ゴザル~、言い訳くらい聞いてやるって。馬房の軍馬と、クリラ族のお嬢ちゃんが、ま~た騒ぎ立ていたんだろう」


 ヴァリーは相手と出会うと、思い付いたままの名前を勝手に名付ける癖がある。ビルジの件が典型的な例だった。


 そのこと、クリラ族出身のハイナ・アレハが言い付けを実行出来なかった理由は二つあった。


 一つは、昨夜から落ち着きを失った軍馬達の様子を夜明け前から見ていた事。


 一つは、民族大移動から脱落したクリラ族の一部が、テフリタ・ノノメキ都市の世話になっている。同時期に発生したカネル君主都市との衝突事件に際し、クリラ族は恩義を感じて助っ人を申し出ては押し返される小競り合いが起きていた事。


 最前線を張るヴァリーの腹心に同族がいるとなれば、そこから突破口を開こうとする。的にされていたのがの二つ名を持つ男盛りのハイナ・アレハだった。


「クリラ族は、男も女もいくさ好きだな。戦力としては頼もしいが、即席では連携が取れないから迷惑だ。しかも、今回の相手は統率が取れたウサギちゃんの騎士達と来た。馬なんか役に立たんよ」


 第一回目の接触で、テフリタ・ノノメキ都市側の軍勢は手痛い目に遭わされている。ラヴィン・トット族が使役するのは、軍事用に操作された大型の眷属けんぞくフブルス種。強靱な脚力による移動と瞬発力は、暴風の如く敵陣を撹乱し一気に戦況を崩す。

 その上、風と土の眞導マドウと相性が良い。眞素マソの巡りはラヴィン・トット族にも恩恵を与え、戦場でもいかんなく発揮されていた。無論、用途は殺傷を目的としている。


 幸か不幸か。両陣営に死者は出ていないが、テフリタ・ノノメキ都市側の戦傷者が甚大だった。


「結局の所、カーダー殿はともかく、元黒の群狼クロノグンロウと名乗るモモト族が伝えて来た通りの面々だと信じるおつもりですか? そもそも私は、リコと会うまで黒の群狼クロノグンロウを見たのも初めてなんですけどね。カヤナ大陸にも噂が届く神獸族シンジュウゾク太子タイシ八聖ハッセイ青鬼ヴラーオ・ディモネ、お付きの運命の双璧クレヴリオルーツァー、他諸々の事をです」


 気が気ではない、と言った様子の美貌の若者が急かすように尋ねる。


「今の今までバタバタしたし、今更ではあるがぼんの要求通り、こっちも答え合わせと行こうか」


 とヴァリーに呼ばれたのは、誰の目から見ても育ちの良さと女好きの風采を漂わせる、ヒト族のヨハンセン・ベリザリオ。

 同じ優男風情でも、璜準コウジュンが剛の優男とするならば、ベリザリオは柔の優男と言える。


 暖炉の火入れをしようと誰も動かない中で、ヴァリーは腹心を連れ立ち部屋を移動した目的を果たそうとしていた。


「確認もそうですが、得体の知れない黒装束が到着して早々に発した言葉を信じるおつもりですか」


「オラっちは、最初からつもりだ。ボケ貴族共が戦線をぶっ壊したせいで、元々が八方塞がりなのは分かってるだろ」


「あの黒装束を信用する根拠は何です? また、いつものかんですか。確かに、最後はご破算になりましたが、軍使相手に良く言い詰めたものです。しかし、出し抜けに〝私に任せてくれたら、陣を張るラヴィン・トット族だけでも回収してやる〟と言われても信じられる訳がありません。部外者ですよ? 我々の背後には、都市を支える無辜むこの十五万の人々がいるんです。非常識な絵空事に構っている場合ではありません!」


 一気に言い立てたベリザリオは、見た目に反して矜恃きょうじに忠実な一面を見せた。


それがし、中隊士長殿の意向に従うで御座る」


「オイも、中隊士長のかんば乗るったい」


 ハイナ・アレハの古めかしい賛同の後。仲間内では、地元のなまりを隠さない大柄の壮年男性がヴァリーの応援にいた。ニンゲン属トルム種デユセス族のインゴ・ラドーラ。彼には、愛称はない。


「勘、と言われましても、戻って来た使者殿と、現場で吐いた軍使の言葉には若干の違いがありました。使者殿は〝カネル君主都市のカネル様は、の美形を所望している〟とありましたが、あの軍使は〝貴方も含めて合格なのです〟と言いました。貴方と差された、あの黒装束はです。そうそう、これは別に選民発言ではありませんから」


 ベリザリオは最後に、慎重に扱われるべき事実に抵触ていしょくしていないと自己弁護をして発言を閉めた。





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