五十七の節 無い腹の探り合い。 その二
様子とは裏腹に、着膨れした
そこには避難民のために用意されていた、ラヴィン・トット族用の衣装に着替え終えた女性軍使と、案内役の女性隊士の姿があった。
女性軍使の姿は
「どうする
「分かった、
「紅茶でも
「ああ、適当に頼む」
さすがに、これ以上の場を乱す言動は支障が出ると判断したらしい。
「我々に名乗れる呼び方を、教えてくれるかな」
「人道的な扱い、痛み入りますなのです。ポムル、と名乗っておきますです」
鈴が転がるような可憐な声で答えが返って来た。語尾が交通渋滞を起こしているが、指摘する者はいない。
「では、ポムル。御覧の通り私は軍隊関係者ではないが、得られた発言には情報としての価値が生じ、テフリタ・ノノメキ都市を防衛する軍事機関及び政務機関に帰属する。了承の上、発言して
「はい、なのです」
立ったままのアラームの言葉を受け、ポムルと名乗った女性軍使は反意のない意志を加えるため、小さな茶色の頭を上下させる。
それもそのはずだった。敵陣で軍使が捕らえられた場合、無事では済まされない事が多々あるからだ。
しかし、ポムルは温かな部屋に通され、拘束もされず菜食用の糧食と椅子まで与えられている。一見すると茶話の情景ながら、通常このような待遇はあり得ない。
その上、尋問の場に部外者の客人が多数同席し、中でもレイスは勝手に調書を作成している。世界基準の軍紀よりも、先例からの現場主義を優先する色が濃いテフリタ・ノノメキ都市の軍属にあって、特筆すべきはヴァリーの存在だった。
現場での独断には、今回の事態を現状を多角的に把握する事での打開を選んだ事が
「単独の潜入工作?」
「その通りなのです」
「
突然、答え合わせの要因に指名された
「違います。気配の数は五つでした」
「私の発言に偽りがあるとでもです? 随分、信頼されているのです。そちらのとんがり帽子の坊ちゃんの発言なんて証明は出来ませんです」
「ポムルの発言を裏付ける証明も同時に出来ない、と言えるが、残念ながら
ポムルの発言内容を一蹴した
「〝
「その通りです、アラーム様!」
正確に当時の言葉を再生したアラームの意図は明白に近い。周囲の記憶を呼び起こし補強するためだろう。重々しい空気を無視するかのような陽気な少年の肯定を伴う返事は、場違いな明るさで一室を満たす。
「改めて、ポムルを捕まえた
ちぐはぐの情報の破片を合わせるために、一同の関心は
「
「余計な物言いは
「それで、見張り番の兵隊さんがいる
「派遣された軍使は、ポムルを含めて五名いたと言う事かな」
「間違いありません。他の四つは
苦手なアレを話題に出た事もあり、アラームが様子を見るために
その様子に触れる事なく、アラームは姿勢を正面に戻しポムルに向き直りながら
「屈しなかったポムルが営内の境界に侵入し、
「はい」
何故なら。安堵を得ようと本能的に
ポムルの変化を見届けながら、アラームは言葉を続ける。
「運が悪かったな、ポムル。軍使の端くれを名乗るなら
詰まり、
「ここへ軍使が派遣された理由は単純だ。使えない君主や軍使ではないのなら、確認する事は一つ。書簡に記した名の中にあったカーダーと、カネル君主都市の通商相手のカーダーと一致するか
これまで、立ち詰めだった長身と顔も見えない黒装束も手伝い威圧的だった姿勢を崩したアラームは、ここへ来てポムルに目線を合わせる姿勢を取った。
「なあ、ポムル。他の四名が逃げ出すくらいの生命の危険を
アラームの声が、懐柔するような吐息混じりになる。急変した尋問相手の態度に、彷徨っていた黒い視線と意識が、一気にアラームへ向いた。
ポムルの垂れた耳から、甘い毒が侵攻し思考さえ奪いつつあるかのようだ。
「先程から、どこを見ているんだ。生命危機に際しても物欲しそうに潤ませているのは、黒い眼だけではないんだろう?」
白い手袋に包まれたアラームの指が伸びた。繊細な毛並みに触れそうで触れない絶妙な指運びで、ポムルの垂れた耳の先端をなぞる。
鈴が恥じらいながら転がる声が立つ。
「これだけ人目があっても
「い、イヤなのですぅ! カーダー様にもう一度あの気持ち好さを頂戴するまで恥ずかしい思いもしたくないのですぅ! 死にたくないのですぅ!」
急展開が重なる状況の中、ほぼ全員が音を立ててカーダーへと驚愕に似た色に染まった顔を向けた。
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