五十一の節 夜明けの綺想曲。 その四




 冬の冷えた空気に、生命の息吹が白く散る。その中の一角でリルカナが突然、不満を言い放つ。


「ユタカとマサメは、ネコちゃん達に任せておけば良いのは分かったわ。でも、問題はアラームって人よ。人をザファイレルに連れて行くなんて言っておいて、先に行くなんてズルいわよね」


 ハドも沈黙し、ハニィ達も静かになった場面を持て余した感がある。構ってもらえないと言うより、手持ち無沙汰が耐えられない様子だ。


「失礼致しました。御案内しますので準備の程を、よろしくお願いします」


 を切り上げ、ハニィが申し出た。


「必要ないわ。行き先は分かっているんだし、勝手に向かうから。ネコちゃん達は、ユタカとマサメをお願いね」


 適材適所か、性分か。リルカナは話しを振っておいて、自身の意図をハニィ達に預けてしまった。


「気が早いよ、リルカナ。叔父さん達は相談中なのに、勝手に動いたらまずじゃないか」


 リルカナの勢いに、ハドが弾かれたように相手をさとす。自負する役割を果たそうとしていた。


「ハドも知っているでしょう? 気の長いカヤナの部族達は、意見が一致するまで話し合う。そんなの、待っていられないわ!」


 リルカナの声が徐々に遠ざかる。愛馬を迎えに行くため、馬留に向かって駆け出していたからだ。


「あ、あの。良いのでしょうか、リルカナが一緒に来ても」


 世話焼きで律義なハドは、リルカナが使っていた飲みかけの珈琲が残る容器を回収した。


「大丈夫でしょう。連れて来るなとは指示されていません」


 恐る恐る尋ねるハドに、ハニィは淡々と答えた。


「じゃあ、アラーム先輩にゼクートを送ってみます。今から向かいますと」


「それは得策ではありません。アラーム様に届かない可能性が高いです」


「え、でも。ゼクートの扱いは、シザーレ眞導都市マドウトシに編入する前のセイシャンナ正教国セイキョウコクで使用される、同じ機能の伝霊デンレイの心得はあります。それに、アラーム先輩とは接触していますし、条件は満たしているはずでは」


 ハドは少々、弁解を込めた説明をする。何もかもが上回る相手に、認められたい思いもにじんでいるようだった。


「理由は分かりませんが、アラーム様の周囲で眞素マソが散ってしまい届かないのです。おそらくは、シュの類いも無効化されると思います。なので、我々も直接報告をしています」


 種族の特徴もあり、身長はハドの方が高い。見上げる形になっているハニィではあるが、その気遣いは物理的な壁を越えハドに届いていたに違いない。


「そ、そうですか。では一応、叔父にテフリタ・ノノメキ都市へ向かうと伝えて来ます」


 やや緊張も解けたらしい。歳の割りに、幼い笑顔を見せながらハドは語ると、間もなくゆるんだ表情を締め姿勢を正した。


「それから、ユタカ兄さんとマサメの事を、どうかどうかよろしくお願いします。血は繋がっていませんが、大事な家族なのです」


 広いカヤナ大陸での捜索が、どれ程に無謀なのか。甘える事への抵抗もあるだろう。それでも、ハドはハニィ達の実績に頼らざるを得ない。礼を尽くし、言葉を重ねても足りない部分を、深く下げた頭に込めているようだった。


「どうか、頭を上げてください。我々は、与えられた役割にじゅんじるためだけに生きて来ました。シザーレ眞導都市マドウトシが解散した現在も、決意が変わる事はありません。我々は、この生き方しか知りませんし、出来ません」


 ハニィの言葉は穏やかだ。口調の内側には、もはや脱する事が出来ない雰囲気があるように思われた。そんな響きを感じたのか、ハドは応えるように姿勢を元に戻す。


「役割りではありますが、ハーシェガルド様の真摯しんしで温かな厚情、確かにお預かりしました。必ず、ユタカとマサメに伝えます」


 くちにしたのはハニィだった。隣に控え続けていたシシィの翡翠色の瞳にも、ハニィと同じく矜恃きょうじと遂行を宿すような鋭い決意が底光りし、ハドに向けられている。


 黒の群狼クロノグンロウが受けた任務は不退転ふたいてん。それ故に、生命と使命をもって同胞を支える機構。それが、シザーレ眞導都市マドウトシの真の姿でもあった。


 歴戦の運命の双刃シクサル・ミスクリージとは言え、今や後方支援など皆無だ。それは、ハドが一番に理解している事でもある。


「僕は今、ハニィさん達を死地へ送り出そうとしているんですよね。やはり、僕はハニィさん達と一緒に、ユタカ兄さん達を」


 探しに行きます。と、続くはずだったハドの言葉を言わせなかったのは、シシィだった。


「上に立つは、私達を駒のように遣ってもらわないと困るわ。そうしなければ、私達は本来の役割も力量も果たせない」


 まるで、聞き分けのない幼児おさなごを言葉でしかり付けるような迫力がある。


 この手の態度と発言した状態の妻を止められる術はない。


 言葉に出来ないハニィは、微動だに出来ない静観の構えこそ答えなのだと、ハドに見せているようだ。


「それとも、私達を信用してくれないのかしら。私達への侮辱なら受け流せるけれど、依頼主でもあるアラーム様への侮辱だわ。それだけは看過出来ないわね」


 シシィの小さな身体は、背負った気迫だけでも巨躯の幻を見せ付けるが如く。


 場数の違いを、シシィは見せ付けていた。


「す、済みません」


「分かってもらたのなら、リルカナ様を追い掛けてくださいな。ハーシェガルド様は、の操作がお上手のようなので」


 シシィは敬語に戻した。しかし、発露してしまった態度を取り消せるはずもない現実にハニィは経験上、顔色を失うしか選択の余地がない。


「はい! 僕も、果たすべき役割を遂行します」


 対してハドは、シシィにならい意識を切り換えたようだ。異国の寒さに漂うのは、決意を新たにした若駒の声だった。


「何かあれば、迷いなく〝囁く者達〟をつかってください。感覚をお忘れなく」


「し、承知しました」


 〝囁く者達〟と差された名称に、返事をしたハドの童顔が緊張に染まる。何かを察知したのか、別次元の覚悟なのか。厚手のクリラ族の防寒具の下で、四肢を強張こわばらせていた。


 異国で育ち、回帰した血統を持つハドの背後で小さな音が立つ。


 は鈴のように、複数による金属の小札こざねが触れ合うかすかな波長。


 は、ハドにしか見えず触れ得ない刃が立てる音。刃を擦り合わせる虚空で発する警告音でもあった。





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