五十二の節 可愛いは、一騎当千。 その一




 二つの書状と、片手で持てる程度の紙の束が、低い卓の上に置かれている。


 それを車座に囲む面々がいた。


 主に壮年の齢を重ねる男性達が詰める一室には、複雑な模様が織り込まれた厚い絨毯。香炉から漂う薫香くんこう。今年一番の、ビラカ種の珈琲から湯気が立つ茶碗。


 壁と言わず、天井も飾る都市旗。対角線を境に青と緑に染め上げられ、中央には銀が縁取られた猪目いのめの先端を中心に置き、十字に開くように添えている。


 数々の逸品、先人から受け継いだ誇りをもってしても、彼らの苦渋をほどく事は出来なかった。


「黙っていても、現状は打開など出来まいぞ。青いの?」


 白髪が混じる、見事な口髭と顎髭が揺れた。緑を基調とした民族衣装に身を包む初老男性が声を発する。


「都市がひらかれ七〇〇年。最大の危機を前にして、軽々しく口など開けようか。緑の?」


 長い黒髪を細かく編み込んだ、青を基調とした民族衣装を着こなす壮年男性が答える。


 互いを色で呼び合い、意見を短く交換した。


 彼らに従う二色の半円は、それぞれの溜め息や、喉の奥に詰まらせる言葉を吐き出そうと咳払いに置き換えているようだった。


「チェーザリー夫人は受け入れよと申されるが、意味を履き違えておられる」


 言いながら、無骨な手で額に浮いた皮脂をぬぐうのは、緑の民族衣装を着る側。


「カネル君主都市の言い分を飲めば、我々が飢え死にする事になると言うに」


 その姿を視界から外し、チェーザリー夫人の意見に不満を漏らしたのは、青い民族衣装を着る側。


「先人達は偉大なり。〝決して、ラヴィン・トット族と争ってはならぬ〟とは、良く言うたものよ。勇猛なる草原と河水かすいの覇者が、ここまで苦戦を強いられるとは」


「では、ワイアン殿が現場を動かせば良かろう」


「バスカ殿の方こそ、自慢の弓の腕を披露されよ。最近は物書き仕事ばかりで腕が鈍ると申しておったではないか」


 名指した双方は互いを見た後、盆に乗せられた手紙へと濃い茶色の視線を向ける。


 カネル君主都市の宣戦布告状。カヤナ大陸の街道利権を押さえる、チェーザリー家の陳情書。急遽きゅうきょ作成した、テフリタ・ノノメキ都市内外の戦況報告書だった。


 ケダモノや犯罪者、時には災害から十五万の市民を守る、歴戦の市警隊・討伐隊の両大隊長が、同時に重々しい溜め息を吐く。


「失礼致します! ワイアン市警大隊長殿、バスカ討伐大隊長殿。くだんの使者が到着され、東門街にある市警隊待機所への御案内が完了しました!」


 一室と通路を隔てる幕が開かれた。姿勢も語気も正した、緑色の市警隊制服を着用する一兵卒いっぺいそつが報告を終える。


「ようやく、いらしたか。不審ではあったが、


 緑色の民族衣装のワイアンが、年を感じさせない動きで立ち上がる。


「約束が果たされているかどうか、確認の程をお頼み申す。我々は、防衛前線の報告と調整に入る」


 青い民族衣装のバスカは、兎の毛皮と護符を模した刺繍入りの帽子を被り直した。ついで、卓上の報告書を手に取りワイアンへと差し出す。


 彼らの姿形や、着る物は違う。だが、共通する矜恃きょうじは一つだった。




 ◇◆◇




 テフリタ・ノノメキ都市。北にレレウト河、南にベルック河に挟まれる広大な三角州の様相を呈していた。

 上流で大雨が降れば、必ず洪水をもたらす場所だったが、水運の要衝として。また、肥沃な土地としての利用価値は、カヤナの先住民族が奪い合う場所でもあった。


 時代によりあるじ変遷へんせんした。草原を駆るテフリタ族、水軍を擁するノノメキ族が最終的に睨み合う。


 この時、世界レーフは真珠と香辛料の国を主軸とした航路が開かれていた。


 航路は人を、家畜を、文明を運び、カヤナの先住民族との接触は必然として起こり得る。


 交戦中の緑と青の先住民族に動揺が走った。


 やって来た異国の民は、圧倒的な人員、物資、宝飾品、兵站の証拠を示す。その上、今この場で、戦場を買い取ると交渉を持ち掛けたからだ。


 異国の民に土地を奪われる恐怖を突き付けられ、緑と青の先住民族は休戦し、交渉を重ねた。


 その後、異国の民の仲介によって、好敵手同士だった民族が共同統治する事になる。不本意をにじませながらも、新しい時代の脈動を軽視する程、テフリタ族もノノメキ族も愚かではなかった。


 紆余曲折は、当然ながらあった。破綻しかけた事もある。それでも、双方にある〝民を飢えさせない。居場所を確保する〟と言う共通の基盤が信念となる。


 また、異国の民の協力によりテフリタ・ノノメキ都市はカヤナ大陸の内陸部における、最大の規模へと成長した。

 上流の灌漑事業は治水対策、いくつもの運河を確保し広大な穀倉地帯を造成。世界レーフ一番の耕地と休閑地きゅうかんちを抱え、各種作物をスーヤ大陸へ輸出する程の余裕がある豊かな生産量を維持している。


 それを可能にしていたのは、ヨセマハイヤを代表する連峰と、各氏族クランが子々孫々と矜恃を受け継ぎ、徹底して整備する山林や平原、清浄な河川の賜物だった。


 さらには運河や、平らにするために出た残土は崩落防止工法によって人工の多彩な形状と規模を持つ高台となり、平時は監視塔、兵站・備蓄区画、三角洲の地形上、万が一の洪水による自然災害時の避難場所、出城、斎場などの役割を与えられた。


 それから、七〇〇年が経過した現在。


 一七一六年、蓮華レンゲの月末。テフリタ・ノノメキ都市は、未体験の脅威にさらされていた。

 

 カネル君主都市の宗主プラッティン・マクシム・カネルが自ら率いる精鋭二万、眷属が三万五千。

 テフリタ・ノノメキ都市の北にあるレレウト河対岸に陣を造営した三日前より、猛攻が開始されていた。


 奇しくも、港湾都市ルリヒエリタで、今年最後のサリニエリが開催された同日の出来事だった。





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