五十五の節 可愛いは、一騎当千。 その四
一同が沈黙する一室には、暖炉で乾き切った薪が立てる細かな空気の音が支配していた。
ただ静かに、
「軍使だと? な、何を言いやがる。子ザルが連れて来た兎さんは、間違いなく
「
カファ種の兎が披露する魅惑の仕草に、抵抗力を失った
「そうだった、今からでも遅くはないよな。俺、まだ若いし学者に転職するって手もあるのか」
至極、真面目に考え出す
一同の中では最も判別が付きそうな
「正直、こんな戦争もどきよりもラヴィン・トット族が持つ謎の小袋に何が入っているのか。そっちの解決の方が、俺にとっては重要だしな」
「あぁ、肩や腰に掛けている小さな鞄の事ですね。先生は昔、別のラヴィン・トット族ではありましたが信用を得て中身を教えて
周囲に、どう思われていようと構わないと言わんばかりに、
現実を直視しない一角を切り離すように、アラームは直面する問題解決へと舵を切り出した。
「軍使殿、私を世間知らずの
アラームは姿勢を改め、
「このままだと、あの
〝
「女っ気もない旅を続け、マフモフする相手もなく欲望が暴走する事は想像に難くない」
アラームが語る内容に先程報告に来た一兵卒の青年が、アラームと
「
真珠や硬玉、貴金属で仕上がる装飾が細かく音を立てる。カーダーが腕を組み、静観の構えを取ったためだ。先程の発言には触れられず、安堵しているようにも見える。
「それに、私の隣と軍使殿を抱える者の眼を見たか? 金色だぞ」
色に関する話しへと引き戻したアラームは、口元しか見えない表情を愉快そうに綻ばせる。
「何を意味しているのか、軍使殿ともあろう方なら判るよな?」
海が大陸を隔てていようと、
瞳の色に込められる意味を。上辺や理性を剥ぎ取り、区別や条理を超えたその危険性を。
「アラーム、もう止めろ。どこからどう見ても、ラヴィン・トット族の
レイスとの情報交換が一段落した様子の
「普通の兎さんが何故、
アラームが指摘する言葉は、研ぎたての切っ先を現場に起きた変化に対して突き立てているようだった。
「音に反応したとも取れるが、違うな。人類が築き上げた知的文明は、様々な感覚を情報として交換し共有する。例えば言語、伝統、色だ」
メイケイ、ウンケイは手元の報告書から黒い視線を移し、
「ニンゲン属は通常、三色型色覚だ。赤・緑・青を識別する事で百万色以上を見分けられる。色相、明度、彩度などの微細な違いを識別するには個体差はあるけれど」
同席していた兵卒達が顔を突き合わせ、アラームの講釈を聞いていた。
「歴史や風土によって色の呼び方や風合いは異なるが、文明を共有するニンゲン属ならば認識するだろう。ウェルグ・ヴァリー中隊士長の眼を灰色。
突然、引き合いに出されたヴァリーは、妙な知識を語るアラームを興味深そうに眺めていた。
「各種族の眷属は、ニンゲン属のような色覚は持っていない事が多く、大体が二色型色覚だ。眷属との意思疎通が密であるとして、見えている感覚が違うにもかかわらず
話しを終えていないアラームの少し暗い
「捕らえられた軍使が辿る未来を覚悟していたとしても、この状況の希少性は規格外ではないのかな? 役目とは言え、うら若きお嬢さんが全裸で敵陣へ連れ込まれたのだから」
これまでのアラームの発言は、執拗な脅しとも取れる言い方だが、並みの軍使には通用しない水準だ。ところが間もなく、それぞれの視線を集めていた兎の垂れた耳が、小刻みに震え始める。
「そうだな。ウンケイから解答を頂戴しようか」
温かな
アラームは、揺るがない心得に自信を持っているようだ。ウンケイ、メイケイのクリーガー兄弟の評判は師の
特に、種族を問わず異性からの好感度は比ではない事を。何よりも、生理活動をする相手にとって天敵のような種族特性を。
「ウンケイの嗅覚は、この
「参りました、ですぅ」
ウンケイの答えを待たず、一同が共有しているスーヤ大陸の公用言語が起きた。これは小さな三つ叉の鼻の下で、短い言葉が絞り出されるように表れ、その声質は若い女性を思わせる高さに相当する。
相手が種族の性質を熟知している上に、長所である〝
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