二十五の節 根無し草の行方。 その二




「バローツさんと他の兵隊達は、どうなりました?」


 落ち着きを取り戻しつつある絽候ロコウが、アラームに問う。


「生きている。だが、こちらに気付いて寄って来られると面倒だから移動するよ。璜準コウジュン達は、この先どうする? 善ければ、世話をするぞ。どの道、愛弟子がこの様子では付き合う事になるしな」


「どうするも何も。崩壊した炎州エンシュウに帰って、帝国の世話になんざなりたくねぇわ。この先も、あの変態共に狙われるみたいだし」


 思案しつつ頭を掻きながら、璜準コウジュンは言い放つ。


「いつ死んでも、おかしくないんだよな」


 欠ける月を見上げながら、璜準コウジュンの薄い唇の端から言葉が零れた。


「安心しなよ。ボクが、璜準コウジュンを護るからさ!」


「決めた」


 絽候ロコウの宣言を無視し、璜準コウジュンは顔を正面に戻した。


「俺は、美味い物を食ってから死ぬ」


「悪くないな。何が食べたい? 伝手つてもあるし、この際、面倒見てやるよ」


 アラームは、璜準コウジュンの意向を歓迎した。


「サン・バステアンの、ラメン。美食と芸術の都・フローリオの、大地の真珠と海の白肉料理。トルタ・アルー・チョコラータ。蜂蜜ドルチェ。それと、カヤナ大陸の水を飲みたい」


 璜準コウジュンの要望は、スーヤ大陸の最西部の港湾都市。フィーツ・ワイテ帝国から南進した先の中央部の南にある水郷都市。

 カヤナ大陸に至っては、スーヤ大陸の東に広がる一ノ海イチノウミを越えた先にある。


「行き先が見事に散っているな。他には? 行きたい場所や、会いたいヒトは?」


「これだけは外せねぇ。プラッティン・マクシム・カネル様に拝謁はいえつしたい」


 傍若無人を絵に描き、荘厳な額に収められているような璜準コウジュンが相手に尊称を付ける。しかも、下にも置かぬ雰囲気だ。


「それは同感だ」


 アラームは背後に白い手を回し、筒状の物体を取り出す。グランツの渡航免状を持っていると璜準コウジュンに見せる。


 グランツは、炎州エンシュウ最大の港湾都市・ダンターシュ領の盟主の名。


 カヤナ航路、香辛料と真珠の国の上半期航路、スーヤ大陸の南側航路を押さえている。他にも、スーヤ街道の一部、脇街道と言われる複数の交易路を保護していた。


 要するに、この免状を所有する一行は、グランツ家に身の証しを無条件に保証される。検問所、乗船、面会の手続きすら不問で通過出来る代物だ。


「ただし、条件がある」


「おいでなすった。美味しいばかりの話しの方が怖い」


「我々は、路銀がない。必要経費は璜準コウジュンで用意してくれ」


「手打ちとしようじゃねぇの。渡航免状の恩恵にあずかるのは、有難ありがたいしな。だから、お前さん達の面倒も見てやるよ」


 璜準コウジュンは、儀仗ぎじょうをアラームに差し出した。


「コレを使ってくれ。バラせば路銀の足しになる」


「大丈夫なのか? これ、八聖ハッセイが持つ最上級の儀仗ぎじょうだぞ」


「もう、廃業だ。意味ねぇし」


 璜準コウジュンの言葉には未練を引きずる響きはない。軽く掲げ、手放す意図を示す。


「では、遠慮なく」


 アラームは、言葉通り後腐れもなく受け取り、周囲の視線を集める程に分解した。


 一般的なセイシャンナ正教国セイキョウコク儀仗ぎじょうは、多産と豊かさの象徴でもある山羊やぎを模した軸。所謂いわゆる〝キ〟型を中心に、黒い円環。さらに外周を白い円環がめられている。


 質素こそが、祈りと真実の根幹に近付ける。セイシャンナ正教セイキョウうたうが、時代と共に価値観は変化し、人々は便利さと豊かさを求めた。


 元より、セイシャンナ正教国セイキョウコク尊影崇拝そんえいすうはいを禁じている。


 向けられる祈りは、先述の二重山羊十字か、聖法典セイホウテン


 本質が淘汰された結果、セイシャンナ正教セイキョウを信仰する者は、その世界の奇跡を禁忌を侵さず具現化するために競って権力と華麗さを捧げた。


 最新の施工技術。最新の細工と装飾。最新の素材が集まり、最高級で溢れる事になる。


 璜準コウジュンが着る法衣も、首から提げる聖法典八経セイホウテンハッケイ歓喜カンキを包む護布、手にする儀仗も全てが信仰と権威の厚さによってしつらえられた物だった。


「この帯は、御守りとして二人に巻いておこう」


 儀仗ぎじょうの左右から垂れていた、朱地に金糸の二本の帯。アラームは、今も昏睡するメイケイの左上腕に。ウンケイの左目の古傷を覆うように、斜め掛けに巻き付けた。


「こんな怪我を負うような事態にならないように、な」


 昼間よりは優しく。それでも、夜の闇を切り裂き力強く照らす、満月へ近付く月明かり。

 その下で、アラームの似紅色にせべにいろが少しだけ柔和にゅうわほどける。


「かなり明るいからな。闇に紛れてとは言いがたいが、このまま西を目指して、ソル・グラオン街道を進もう」


「ウッソだろ、お前! この状況で夜通し歩けってか!?」


「心配するな。璜準コウジュンに限界が来たら、私が背負ってやるよ。何と言っても、大切な出資者様だからな」


 不本意な提案に青い月アオイツキと同じ色をした目をいた璜準コウジュンは見た。


 背に送った黒い頭巾フーザを目深に被り直す主。アラームの整い過ぎる口元が、愉快と言わんばかりの弧を描く様を。


「じょ、冗談じゃねぇぞ。誰が、そんな真似出来るかっ」


 悪態をつきながら、ソル・グラオン街道に出るために璜準コウジュンは大股で歩を進めた。幸か不幸か、儀仗ぎじょうを処分したため腕を振り抜きやすくなり歩きやすそうではあった。


「当分は大丈夫だな。絽候ロコウは遠慮するなよ。徒歩は慣れていないだろうから、次の宿場か駅舎で馬を調達してやる」


「やった! 有難う御座います! 馬に乗るの初めてなんです。楽しみだな~」


「おいっ、俺の分も忘れんなよ!」


 前方を歩き進んだ璜準コウジュンから、声が届く。


「耳が鋭いな。これは気を付けないと」


 本気か冗談か、判断しにくいアラームの一言を合図に、人種も目的も様々な一行は出発した。


 東は、セイシャンナ正教国セイキョウコク。西は、眞導都市マドウトシまでの、一六四〇せんろっぴゃくよんじゅうコーリ(約六四〇〇ろくせんよんひゃくキロメートル)を繋ぐ、スーヤ大陸を横断する最大の街道・生命の道ブルド・フィーツ


 西の終点から、サン・バステアン港湾都市へと快適に繋ぐ街道は、ソル・グラオンと名付けられている。


 秋の季節が一つ過ぎた。季節感を失った荒涼と開けた土地に、大小を合わせ六つの影を落としながら、悔いのない旅路が始まった。





        【 次回・第三章 かてを得る世界 】





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る