二十四の節 根無し草の行方。 その一




 シザーレ眞導都市マドウトシが陥落し、平地とゆるやかな丘陵が広がる。


 遮蔽物しゃへいぶつを突如として失った生まれたままの大地には、秋へと移り変わった風が吹き抜けた。


 月明かりは、数時間前に起きた人畜乱戦によって生成された、いびつな陰影を作り出す。


 スーヤ大陸最大の街道・生命の道ブルド・フィーツ寄りに、再び篝火かがりびが活動領域を誇示し始めた。改めて陣営を整えるのは、生存を許された軍人達。

 フィーツ・ワイテ帝国、セイシャンナ正教国セイキョウコクの混成駐留軍の面々だった。不意を突かれたとは言え壊滅は免れたが、一部の傭兵部隊や浮き足立つ兵卒が脱走し、死者も含め三万四千さんまんよんせんの数からは減っていた。


 そんな人波から随分と離れた場所に、天然の明度に照らされている生者達の影が立つ。


「ア、アラーム様」


「正気か?」


「はい、何とか」


「少々、昂揚こうようしているが問題はないな」


 殺戒を解き、そこそこ暴れた絽候ロコウの様子に、アラームが確認を取っていた。


「この姿では、初めましてになるのかな。アラーム・ラーア。少し前までは、パシエと名乗っていた者だ」


 璜準コウジュン儀仗ぎじょうを抱え、気怠けだるそうに座り込んでいた。青い月アオイツキの持ち主とは言え、活動時間には限界がある。そんな璜準コウジュンの正面に片膝を着き、アラームは自己紹介を提示した。


 頭巾フーザを背に送り、素顔を月下に照らされながら。


「ちょっと待ってくれ。今夜は珍種の展覧会かよ。もう、頭が追い着かねぇよ」


 戦闘ですすけた優男顔を苦々しげに作り、自らの手で額を擦り付ける。


「シクンの親戚か? この際、そんな野暮な問い掛けはしない。しないが、これだけは確認させろ。今年の交換会で、デカい白い犬を連れて帝国に来た騎士・パシエ。って事かい?」


「その通りだ。例の白い犬も、そこに来ている」


 アラームの声に応え、土の地面を掻きながら気配が近寄る。豊かな新雪色の背の被毛に、別の毛色が見え隠れする。


 燻色いぶしいろ麦藁色むぎわらいろの小柄な毛玉が二つ。視認した璜準コウジュンが声を張った。


「メイケイ! ウンケイ! 無事だったのか」


 言い終えないうちに、璜準コウジュンは名を呼んだ愛弟子達に向かって駆け出していた。


「無論だ。裂かれた着衣も修繕し着せてある」


「色々、気に食わない所はあるが、その、有難うよ」


 璜準コウジュンが小声で言った最後の礼の部分は、渋りながらも本心をにじませていた。目頭に力を込め、決壊しそうな感情をき止めているように見える。


 新雪色の被毛に包まれる二人には怪我も見受けられず、血の匂いもない。穏やかな呼吸が、その小さな身体を緩やかに上下させていた。


「名乗れる肩書きは、爆発して消えたようなモンだが、八聖ハッセイ璜準コウジュンだ」


 力ない抜けた表情の中に、安堵が垣間見える顔を上げた璜準コウジュンは、アラームに自らの肩書きを名乗った。


 受けたアラームは、近くにいる絽候ロコウを見る。


絽候ロコウは、何と呼んでいる?」


璜準コウジュンです!」


も、それにならおうか」


「好きにしろ」


 相手にするのも、もう面倒と言わんばかりに璜準コウジュンの態度は、おざなりになった。


「なぁ、おい」


 少し間を置き、璜準コウジュンが気を取り直したのか姿勢を正す。愛弟子達を預ける、大きな白い犬に熱視線を送っている。


「名前、何て言うんだ? その、白い


「狼と決め付けてしまうのか。別に、どうでも善いけれど。雪河セツカだよ」


「さ、触っても構わないか?」


 崩れそうな身体を支え、璜準コウジュンは不自然に前方に出す白いたもとに包まれた腕を、雪河セツカに向かって伸ばす。


 十人中、十人が不気味さを覚える璜準コウジュンの様子に、雪河セツカも相応の動きを見せた。


 濃い金色の双眸そうぼう璜準コウジュンを見据えたまま、そっとアラームの背後に隠れた。

 ついでに、アラームが雪河セツカの意向を代弁する。


「お断わり。だってさ」


「ウッソだろ! お前!」


 璜準コウジュンの悲愴に満ちる嘆きの一言は、月明かりの虚空へ響き渡り届かぬ思いと共に消え去った。





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