沈黙の文字 番外編

璜準の憂鬱。




 ―― 警告 ――


 今回の〝沈黙の文字 番外編〟は、本編に関わりはありません。フローリオに到着する前、一行が夜を明かすために、休憩小屋で一泊した就寝時。璜準コウジュン、一人称の体験記になります。


 加え。当エピソードは、性描写が入っています。ご不快な方も、本編に移動する事が可能です。


 飛ばしますか?


 ○はい⇒https://kakuyomu.jp/works/1177354054884893885/episodes/1177354054886153290




 ●いいえ⇒ありがとうございます。続きを、ご覧下さい。








 もしも、今すぐに願いを一つ叶えてくれると言うのなら、寝る前の俺自身を殴りたい。人様の忠告を無視するんじゃねぇ! と、全力で。


璜準コウジュン、熱源に向かって寝るなよ。背中を向けろ。身体や神経が火照ほてるし乾燥する。変な頃合に意識が覚醒するぞ』


『余計なお世話だ。寒いんだよ俺は』


 これも、絽候ロコウ我が儘わがままのお陰だ。馬に乗りたい、船の方がいい、徒歩で行こうと言いやがる。

 スーヤ大陸の最西端サン・バステアンから、同じくほぼ中央部のフローリオに到着するまで、一カ月も要した。


 俺の予定だと今頃は、一ノ海イチノウミを東へ渡航した先。カヤナ大陸の最大港湾都市・ルリヒエリタに到着しているはずだったのに。


 んな事を、ぼやいても仕方ない。あの時は、疲労も手伝い間もなく眠りに就いた。


「舐めても構わぬだろう?」


 今、絶賛、変な頃合に目が覚めてしまった。ただし、まぶたは閉じている。閉じなきゃならねぇ。


 狭い空間に満たされ、かなり粘度がある液体。そこに、芯のある侵入し、気泡を絡めながら小さく跳ねたような音がする。


「こら、雪河セツカ。そんな所に指を入れるな。あぁ、ほら。あふれた」


 眠っている俺達に配慮したんだろう。アラームの声が、ひそやかに立つ。ささやいた相手は雪河セツカ以外にない。


「行儀が悪いな。待てないのか」


「こんなにも、美味しそうなのに?」


 上等な衣擦きぬずれと、かすかな金属音がに近寄る。篭もる声は低く甘い。鼻から押し出される息が、ふふ。とか添えられてる。


 こりゃぁ、雪河セツカがアラームに擦り寄ったな。


「絡んで来るなよ。上手く動かせない」


「そのような事はない。アラームの技量は正確でも申し分ない。いつも我を満たしてくれる」


 ウッソだろ、お前! 何だ何だ何なんだよ。盛ってるのか、おっ始めやがったのか? コイツら、だったのか?

 いやいやいや。その前に、俺はどうすりゃ良いんだよ。アラームの忠告を無視したばかりに、こんな目に遭っちまったよ、おい。


 硬めの布地が、一定の拍子を保ってれている。その度に、大きく空気を抱えながら、柔らかい壁にを当てながら掻き回している音に違いない。


 この休憩小屋は、通り掛かりの旅人が立ち寄る頻度が高いみたいだ。暖炉もあり、簡単な調理なら可能な調理器具もある。乾いた薪が多く、照明用のランプに油が残り、予備もある。

 前の利用者が、後の利用者のために、残せる物を残し、後始末を済ませ、再び旅立つ。


 見えない相手への気遣いと、厳しい旅路への励ましの思いが、この休憩小屋を存続させているんだ。


 それなのに。


「そんなに乱暴に入れるな。少しずつと教えただろう」


「さして変わるまい」


「繊細なんだ。手順通りにしないと、上手く反応しないぞ。膨張しなくなるだろう」


「ならば、次はアラームのを立たせる」


 それなのに、お前さん達と来たら。俺は情けない。


「ん?」


「うん」


 何なんだよ、そのやり取りは! 何の確認なんだよ! 吐息混じりは反則だろ!


雪河セツカの方も立って来たな。入れて」


「少しずつ?」


「そうだよ、少しずつ入れて」


 硬めの布地が、ゆっくりとザラ付く。それが、温められた空間ににじんで行く音。暖炉の炎が薪をぜる音。

 冬が近い外気が、壁の隙間から勢いよく入る高い音。その風に吹かれ、細かい木屑きくずが床に落ち、軽い小物が触れ合う音。


 俺の聴覚を支配するのは、二人の睦言むつごと。視覚を閉じている分、想像力が働く。

 何だか、甘い匂いも漂ってやがる。屈辱的だが、下半身が熱を帯びて活性化しそうになっているじゃないか。

 なっさけねぇ。の思春期の少年かよ。正直な身体が恨めしくなる。


 アイツら、声が良過ぎるんだよ。俺達への気遣いがあだになってんだよ。抑え気味のささやき声が、つやっぽいんだよ!


「アラーム、脱がせてやろうか。動きにくいし、汚れてしまう」


「お断りだ。動けるし、汚す訳がない」

 

 何、その自信。そんなに自信満々な技を持ってるって事? って、待て待て待て。忘れていた。これは、ちょっとした気配だぞ。

 メイケイ、ウンケイ。それに、絽候ロコウが起きて気付いてるんじゃねぇの?


 だが、しかし。確認出来ねぇよ! 俺達の位置取りはだったはず。


 俺は、壁に埋め込まれている暖炉の正面に向かって寝ている。お盛んな二人は、火の番を買って出た後、暖炉の右端にいたはず。

 声の響きからして、俺を視界に入れているみたいだ。


 入口に、半覚醒状態でメイケイが陣取っている。その入口と、俺を繋ぐ直線上の真ん中でウンケイが入口を向いて寝転がっていると思う。


 あれ? 絽候ロコウは、どこで寝てるんだ? いや、神獸族シンジュウゾクは寝なくても大丈夫とか言ってたっけか。


 は? どこだ?


「音を立て過ぎたな。起こしたんじゃないかな」


 うるさいぞ、アラーム。妙な気を回すんじゃねぇよ。


「善いではないか。入れるかどうか尋ねられる」


 冗談じゃないぜ。俺も盛り場に混ざれってか? いくら、アラームと雪河セツカが見た事もない美形でも、それは話しが違う。


「フローリオに着いたら、補充しておかないとな。昔からの付き合いとは言え、高級品だもんな。これ」


「だが、璜準コウジュン達は、気に入ってくれると想うぞ」


 話しが唐突に変わったな。どう言う事だ?


「ショコラーデに、キルシュヴァッサーを入れては、風味や香りに角が立たないかな」


 はい? ショコラーデに、キルシュヴァッサーだと? キルシュヴァッサーって、桜桃を種ごと砕いて蒸留する酒の事だよな。

 そんなモンを睦言むつごとに入れるって、一体どう言う事だよ、おい。


「あぁ、悪いな璜準コウジュン。やはり起こしてしまったか」


 しまった。目を開けちまった。


 最悪な頃合って、この事じゃねぇの? 野郎同士が最中の場面。しかも、その相手と目が合うって。これを最悪と言わずして。


 あれ? 絡んでない。それに、コイツらが持ってるモノって。


「な、何してんだよ」


「甘い物を出せと、不機嫌になっていただろう? 知り合いの所から材料を失敬して、ダンターシュ風チーズケーキと、タルト・シャンティ・ショコラを作っていた」


「へ? りょ、料理」


「うん」


 短くあっさり、アラームは応えやがる。


「あ、あの。〝そんな所に指を入れるな。あぁ、ほら。あふれた〟ってのは?」


「これの事?」


 アラームが上半身を伸ばし、背が低い棚から何かを手に取り、俺に見せて来た。


「小瓶に蜂蜜を小分けしたが、雪河セツカが指を突っ込んで舐めたんだ。これは衛生上、善くないから調理には入れてないよ」


「無礼な。我は不衛生ではない」


 雪河セツカ、コイツ。何を不本意そうにしてるんだ。そんな事は、どうだって良いんだよ。


「要するに、お前さん達は、訳ではなく、お菓子ドルチェを作っていたと?」


「当たり前だろう。そもそも、とは、聞き捨てならないな。どんな了見だ。料理に対する冒涜だぞ」


 薄暗いが暖炉の明かりでも明確に映える、気味が悪い程に整うアラームの顔が俺の視界に入ったまま。しかも分かる。分かるぞ、アラーム。お前さんは、思っている。


 何を言っているんだ、お前は。と。


 しかし、ここは声を大にして言わせてもらう。段々、怒りも込み上げてきた。


うるせぇんだよ! ボケが! 紛らわしいんだよ!」


「気を遣う程に誤解してしまったではありませんか!」


「嗅覚すら惑わされる雰囲気でしたからね!」


 おぉ、我が愛弟子達よ。思いは同じか。どうだ、アラームと雪河セツカ。コレが、お前さん達が持つ認識のズレだ。思い知るが良い。


 すると二人は、今度は全く同時に目を合わせ、再び俺を見た。仲良しか。仲良しさんか!


「では、不要なのか?」


「作って下さい、お願いします。美味しく頂戴しますから」


 アラームの問いに、逆らえる訳がなかった。背後から、メイケイとウンケイが落胆する気配を感じる。慣れたものだ、こたえんわ。

 あぁ、そうとも。こんな所でお菓子ドルチェが食べられるんだからな。


「あれれ。何の騒ぎ?」


 見当たらないと思っていたら、そこか絽候ロコウすすほこりだらけの梁から、ぼんやりと半分寝ている顔が見えた。


「もう済んだ。子ザルは寝ろ。俺も寝る」


「ま~た、ボクの事を子ザルって言う~」


 語尾は、寝息混じりだったな。あの寝付きの良さは羨ましい。


「皆も、気が済んだら寝てしまえ。明日はフローリオに到着する。むしろ、させる」


 何なんだ、させるって。駄目だ。急に眠気が来た。聞きたい事は他にもある。その材料や器具をどこから出したんだとか、色々。


「おやすみ、善い夢を」


 アラームの声が届いた頃には、現実の岸を掴んでいた片手を離してしまった。睡眠へと沈む感覚が、それなりに心地好ここちよいと思いながら。





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