二十九の節 サン・バステアンの攻防。 その四
現れた人影は、老齢によって痩せ衰えた指で拳を作った。枯れた
高身長のアラームと
言葉を決めようとした、次の瞬間。
固い物に当たった後、柔らかい物がめくり取られ男性老人の足元に落ちた。見れば、左側の耳が削ぎ落ちている。
「イヒェッ、イヒェッ。凶暴ですわ」
常人なら昏倒するだろう。最悪の場合、事切れる程の衝撃に、男性老人は金属片が
「御存知でしょうけれど、左耳が落ちましたよ」
無関心な声だが、アラームは珍しく敬語を
「鏡を見ながら、修繕した方が
人間離れした修復方法には触れず、妙に気になったのか、アラームは着け直された位置のズレを指摘した。
「おおっと。これは後に回そうかの」
今度は、キノコ狩りの要領で着けたばかりの耳を摘み取った。
「そう言えば、アラーム・ラーアの耳の形は整っておるのぉ。片方だけでも、儂に分けてくれんかね。そこまで、外見の総てが整っているとは。一つくらい儂に
男性老人は、背に送っていた
視界を妨害していた、霧状の
卑屈な表情。たるむ皮膚から覗く黄色く濁った眼光は非対称。
「耳を一つ換えた所で、変化が起きるとは想えませんよ」
「イヒェッ、イヒェッ。猛獣ですわ」
「それは見れば判かります。
呆れるでもなく、
「見るモノではない。アラームは、美しい物だけを視界に入れよ」
「それは偏見じゃぞ。こう見えて淑女が涙し、竪琴を片手に叙事詩を
「先に凶暴とか猛獣と
背後から、白い袖に包まれた
会話の進展も望めない。これ以上留まれば身体が欠ける危険を察した老人は、安全地帯に避難する選択を取ったようだ。
「では、今日の所はこれにて」
男性老人は、
空間を、目的地へ向かって開いたのだ。俗に言えば、空間転移だった。
「また来るのか」
虚空に、アラームが問う。
「構ってちゃんなのだろう」
視界を解放した
「せめて、可愛いお婆ちゃまなら善かったのに。海千山千の
アラームの言葉に、今後を予想した二名は仲良く憮然となり、同時に言い放った。
「面倒くさいっ」
◇◆◇
「本当は、二人同時に抱えたいが、俺の腕は二本しかないんだ。一本で身体を抱え、もう一本で尻を支えなければならない。尻を支えない奴は、
被害者は、ニンゲン属ネウ種モモト族のハニィ。シザーレ
「だからと言って、何故、男の私なんですか!」
「そっちの淑女を抱えたいが、嫁でもある相手に触れた時の
「そんな所を撫でないで下さい!」
「ここか? ここが
あられもない姿を恥じるハニィ。
地上で心配そうにする、
「アラーム様、雪河様っ。
そこには、
「
「
「にゃぬにゃ、にゃにゃハハハっ」
「ハ、ハニィ! 気を確かにして!」
マフモフ成分不足の
「
「あぁ!?」
メイケイとウンケイに素早く対処法を聞き出したアラームは、
「フローリオに着いたら、ドラーセナに頼んで最高級の大地の真珠。シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテを用意して
次の目的地、水郷都市・フローリオが誇る生きた伝説と讃えられる料理人の名。
前者は本人の口から聞いていたが、後者は言い忘れ悶々と過ごしていたと、確固たる情報元を押さえての提案に、
「今度は、裏切るんじゃねぇぞ!」
残された面々は、再び漂い始める
短くも濃密な一夜に、明日訪れる日常に備える気分の切り換えを図っているように。
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