十六の節 切願の果て。 その二




 ここに来て、少々動きを入れたのは、ユタカの回りくどい会話に、飽き始めているのかもしれなかった。

 ならばと、雪河セツカも情報収集に転じようと試みているようにも受け取れた。


「我ではなく、まずは会話が成立しそうな騎士・パシエに頼むのが筋ではないのか?」


 明らかに、犬とは異なる大きく強靱な前脚の左側を一歩、ユタカに踏み出す。


改変かいへんした神獸族シンジュウゾクだと決め付けた挙げ句の果て」


 黒い鼻先を下げ、濃い金色の双眸そうぼうを屋外の陰りの内でひらめかせる。


「その我に対し、ヒト族ごときの都合を押し付け、叶えさせようだと?」


 さらに雪河セツカは、後脚の右側の一歩が、ユタカとの距離を縮める。当のユタカに焦りもなければ、身構える気配すらなかった。


「我に、二心は通用せぬわ。真の目的を申せ」


 雪河セツカは、会話の急所を穿うがった。


「い、いや。ハド坊ちゃんは守ってくれ! それは大前提、最優先! 真の目的だ! その前に何故、用事が分かったんだ」


 天秤のように、ユタカの態度や言い様は傾く。雪河セツカは、不明瞭な会話のかすみを見事に払いけた。


「我は、騎士・パシエのあるじだ。好奇の視線の先にある目的など、お見通しだ」


「だ、だったら、叶えてくれるのか? そちらさんの、白い毛を少し切らせてくれるって願い」


 そう。本来のユタカの目的は、雪河セツカの珍しい毛並みを頂戴ちょうだいすると言うだったのだ。


「断る」


「何だよそれ! 即答かよ! 知ってて即答か!」


 ユタカは、装飾品の音を立てながらった。自らの無念と、雪河セツカいさぎよ過ぎる一言が、織り交ぜられた結果だったのだろう。


「我は、騎士・パシエのあるじだ。別に、減る物ではないが、毛の一筋すら他者に与える気などない。我は、騎士・パシエの利益にしか従わぬ」


「へ~ぇ、パシエとはツガイなのか」


「応える必要はない」


 話しも反れた先で、ユタカは一つ深呼吸した。


「知り合いが、当代の神獸族シンジュウゾクツガイに指名された。知ってるか? 当代の太子タイシ絽候ロコウ様」


「当然だ」


神獸族シンジュウゾクは周期的に現れ、気に入ったツガイを一名決める。世界レーフに豊穣、あるいは破滅をもたらす」


 ユタカは探るように、相手の濃い金色の双眸そうぼうを見据える。


「と、言われているが、必ず何かが起きる訳じゃない。目に見えた変化が劇的に発生しない事もあれば、ツガイを指名しない神獸族シンジュウゾクもいたって話しだし」


 知識として得た情報を、雪河セツカを前に並べた。


「知り合いは心配だが、個人的には一つ気になる事がある」


 天然の外気は、湿度が濃くなり始めた。その気配に、現役最前線に立つ野性味あるユタカの顔が屋外へ向かう。


「任期を終えた神獸族シンジュウゾクは、その後どうなるのか。ツガイに指名された奴に、何が起きるのか」


 青い月アオイツキと同じ色をした瞳に、警戒の針が含まれた。


鮮血の獣センケツノケダモノ青い月アオイツキが、普段どうなっているか知ってる? アイツらは、満月の夜になるまで日常に紛れている。同胞はらからと同じ生活を、同じ姿で過ごしている」


 ユタカはすくい上げるように右手を挙げ、雪河セツカの注意を引こうとした。


「不思議な事に、同じ色を持つ人類が満月にケダモノへと転化しない。人類に関わる生命が、ケダモノと同じ色の目に染まり、狂ったように人類だけを捕捉し、喰らう」


 軽く開いたてのひらを見ながら、ユタカは続ける。


「本当に、ごくまれに巨大なケダモノと遭遇するんだ。現地では棲息しない生物や、文献でしか会えない前時代に絶滅した生物だったりな。それこそ前時代、突然姿を消したオオカミみたいなケダモノとかさ」


 青い月アオイツキと同じ色をした瞳が、挑発するように雪河セツカを再び見据えた。


オオカミなんだろう? そちらさんの毛を欲しがっている知り合いも、オオカミじゃないかと興味津々だ」


 対する雪河セツカは、濃い金色の双眸そうぼうに変化はない。実は、もうすぐ降るであろう雨の気配に、黒い鼻先を集中させていた。


「話しを戻すと、神獸族シンジュウゾク。そのツガイの成れの果てが、珍種のケダモノなんじゃないかと。俺は感想を持ったりするんだけどな」


 歴戦の経験則の賜物たまものか。変化を見せない相手にも、ユタカはあせりなどの動揺は表さない。


「そちらさんも、選ばれた相手も、ケダモノとなって俺達を喰らうのかな?」


 次第にユタカは、思惑に酔いしれる感が強くなって来た。芝居掛かった視線の動きを見せ、雪河セツカに撫で付ける。


「ユタカ」


 名を呼ばれ、持論に急停止が掛かった。


「生命は皆、不平等だ。真実は閉ざされ、情報は一部の者が共有する」


 雪河セツカは、発声器官を通した一言を呈した。そこには見えない圧が存在し、ユタカの喉を、言葉を締め上げ発言権を剥奪はくだつしているかのようだった。


「ユタカが得る情報は、一般では届かぬ質量だろう。その上での推論は、周囲を惑わせ不安をあおる起因となる。口にするな。胸に秘めよ」


 猫を思わせる、ユタカの瞳の形が揺らいだ。雪河セツカから視線を外し、足元へと落とす。

 知らず知らず、積み上げていた傲慢な見識の優越感を、恥じ入る姿にも見える。


「悪かった。そちらさんを相手にすると、欲深く聞き出したくなってしまった」


 ユタカは、そのまま謝罪を示した。


「もしも、非を認め内に秘めるのであれば」


 雪河セツカの言葉に期待の響きを察したのか、ユタカが勢いを付け、下げていた頭を上げる。


「我を、絶滅した狼種オオカミしゅと見当てた知己。神獸族シンジュウゾクと置いた審美眼と、深い知識。辿り着いた地位に免じ、ユタカの願いに応じてやろう」


 その言葉に、ユタカの口と瞳が最大限に開かれる。


「グランツ・ハーシェガルドは護ってやる。毛は諦めろ」


「け、毛の話しは、最初から気乗りしなかったからさ。別に、もう良いや。ついでみたいなモンだったし」


 気が抜けた表情から、憑き物がはらわれたようなハレの笑みを、ユタカは浮かべた。知識と情報に縛られ、心残りが昇華された青年に、不惑の気配が立ち昇る。


 ユタカが、ヘイゼルの低木越しの空を眺めた。先が見通せない世界にあって、曇天はその象徴でもあるかのように映っていた事だろう。


 それでも、ユタカの思いに眞素マソが反応してうたう。約束による決意と鼓舞こぶは、雨が降り始めそうな曇天すら、吉兆きっちょうに転換する。そう、言い聞かせているようだった。





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