三の節 運命の双刃・運命の双璧。 その二




「ほ、報告では、青い月アオイツキとの共有認識だったはず!」


 今回が初陣の法士が、動揺のあまり声を荒げてしまう。


青い月アオイツキのみ、鮮血の獣センケツノケダモノへと転化する。これも、我々の共有認識でしょう?」


 これは、セイシャンナ正教国セイキョウコク、シザーレ眞導都市マドウトシを含めた生存する生命の共通の敵。同じケダモノに括られようと、法士の動揺が危険度をそのままに表している。


 黒の群狼クロノグンロウが語るのは、それを意味していた。報告に挙がる情報は共有し、棲息地や状況、空き人員が精査され派遣される。


 セイシャンナ正教国セイキョウコクの法士達の態度からも分かるように、対応可能な要員は限られていた。多大な損害が想定されるのが常だった。


 歴戦の法士や、手練の黒の群狼クロノグンロウが、翌日にはケダモノの消化器官の中。そんな事例も珍しくない。


 そこで、饒舌じょうぜつ黒の群狼クロノグンロウが鼻先で示す。高熱で生じたすすけた地面を覗き込み、小高いケダモノを見やった後、大街道が横たわる方向へと。


「崩れた風の眞素マソが、大街道へ向かっています。鮮血の獣センケツノケダモノほふった術者に、運悪く踏まれてしまったんでしょうね。ただし、ほんの数歩分だけの足跡を残して。ゼクートでも追えないくらい、綺麗に痕跡を絶っています」


 討伐の成否を、伝えるためにも〝ゼクート〟の存在意義は極めて重要な役割を果たす。


 彼が言う〝ゼクート〟は、シザーレ側の伝達手段の一種。正体は眞素マソなのだが、術者によって可視化されている。


 基本性能は、統一規格が設けられている。眞素マソを扱える者ならば、様々な情報を、眞素から眞素へ正確無比に伝播させ、目的の場所や人物へと届ける事が可能だ。


「相当な手練てだれです。少なくとも、我々〝運命の双刃シクサル・ミスクリージ〟。もしくは、聖シャンナ正教国そちらの〝運命の双璧シクサル・クレヴリオルーツァー〟だと思うんですよね」


 黒の群狼は、再びバローツへ向き直った。


「そんな事を言われては、我々が来た意味がなくなる。我々は、このケダモノを屠るためにつかわされたのだからな」


「その通り。我々のような肩書き持ちが動けば、必ずそれぞれの本営に報告が行きます。出奔しゅっぽんも考えられません」


「シザーレ側は苛烈だと聞く。巣から抜けると、死と黒の円環まで追われ同胞はらからの狼に食い殺されるとな」


「確かに、それは事実ですが最近、気になる噂を耳にします。大小の人影。二つの大きな人影。こちらの仕事も取られて、難儀しております。つい先日の一件で、面白い情報が集まりました」


 初夏の温い風が吹く。饒舌じょうぜつな黒装束は、目深に被る頭巾フーザが本来の機能を失わないよう、節くれ立つ手で押さえた。


「我々は運良く、二種類の死骸を検分する事が出来ました。一つは、このように致命傷のみの死骸。もう一つは、眞素マソの暴走事故かと思えるくらいの激しく損壊した死骸。とても、行動理念が同一だとは思えません」


「要するに、双方は別行動・別目的でケダモノを屠っていると?」


「その通りです」


「内容の先が見えんな。何が言いたい」


 バローツが何かの音を立てた。顔全体を覆う白いバシネットの内側で、こもった溜め息が盛大に内部で渦を巻いていた。そのままバローツは続ける。


「先程〝出奔しゅっぽんは考えられない〟と、そちらは言った。しかし、上層部で多くのが出ている話しを耳にする。真偽しんぎを確かめる術はないがね」


 バローツの言葉を受け、黒装束は意味ありげな笑みを口元に浮かべる。二つ、間を置いて黒装束は荒れた唇に言葉を乗せた。


「それは、セイシャンナ正教国セイキョウコクも同じでは? 筆頭ひっとう八聖ハッセイ紫禅太師シゼンタイシは六年前からご不在ですよね」


太師タイシは、後継者を求める旅に出られているのだ。数年を要するのは必定である」


 両者は押し黙りにらみ合う。腹の探り合いもらちがあかないと踏んだのか、両者はやがて同時に踵を返す。


 饒舌だった黒装束は、黒い頭巾を軽くうなずかせた。今まで無言を通し、背後に控えていた同僚に移動の合図を送ったらしい。


 彼らの姿を、漫然と白い集団が視線で追う。やがて、それぞれの視界から消えた。


「不気味な連中だと思っていたが、割りと整然としゃべるのだな」


「うむ。最後に礼もなく立ち去るのは、残念だったが」


 白い法士団の一角で、小声の感想会が起きた。


「それにしても、あの連中の移動手段が気になるな」


「最高機密だと言う話しだ。シザーレ内でも、上層部と双刃ミスクリージしか明かされていないとか」


 憶測の細波さざなみが広がりつつある中、氷のつぶてを投じ掻き消す声を発する者がいた。


「下らぬ詮議せんぎは止めよ。ケダモノを焼却処理する。各位、配置に付け」


 硬質な声が指示となって渡る。声の主はヒト型に近いが、細かい鱗の肌に、印象的な緑色の瞳。若々しく張りがあるとげが、しなやかな線を描き伸びる印象の頭髪は、冬の空を思わせる鉛色なまりいろ


 名を、レン・デン。バローツに仕えて久しい、ニンゲン属リュウ種エオグレーン族の上級法士が、適切な音量と距離感、立場に見合った姿勢で一団を指揮する。


「ケンエイ様、背の高い方の黒の群狼クロノグンロウですが」


 作業もとどこおらず終えようとしている。頃合いを測り、デンは公的な場でありながら、あえて屋敷内と同じようにバローツを名で呼んだ。


「撤収の合図を伝えよ」


「特徴のあるあの声は、です。それに、無言で控えていた方は恐らく、に違いありません」


 公私共に世話になる、反応がないあるじにデンは、なおも食い下がる。


「ケンエイ様。本当によろしいのですか?」


 デンは遮られても構わず、主の意識を引くため言葉を繋いだ。


「私に何の相談もなく、煉黒レンゴクを通った愚か者など知らん」


「も、申し訳ございません」


 憮然と会話を切り毅然と、炎を具現化したような愛竜に向かうバローツだった。しかし、急に歩みを止め顔面をも覆うバシネットを乱暴に脱いだ。


「ふんっ。今年は夏の訪れが早いな。汗が止まらんわ」


 バローツは、腰の革袋から手拭いを引き抜いた。言葉に出した事象を、シミやしわが目立ち始めた壮年の顔からぬぐい去る。

 堂々とした、後ろ姿からも目立つが両方の耳朶じだでの先で揺れた。


 それは、青い月アオイツキと同じ色。赤みが強い茶色。それぞれの色を持つ、雫型しずくがたをした耳飾りの石だった。





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